コラム

ポストコロナのイノベーション35:  日本型「ニューリテール」に対応した「クイックデリバリー」のインフラ企業はどこか?

2021年09月10日
 

ポストコロナの社会課題3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?
ポストコロナにおける段ボール箱の行方

最近、使い終わった段ボール箱が自宅にたまるようになりました。外出の機会が減って、ネットでの買い物(イーコマース、以下EC)と飲食デリバリーが増えたので、多くの人が同じことを経験しているはずです。コロナ禍が収束したらこの傾向はどうなるのか興味深いが、片付けや廃棄が楽な段ボール箱のイノベーションが生まれるでしょう。

コロナ禍でECが成長しましたが、ポストコロナではリアル店舗のビジネスが多少盛り返すはずです。同時に、ECにどの程度成長の余地(伸び代)があるかがポイントです。2019年の国内EC市場規模(物販、サービス、デジタル)は19兆3,609億円(*1)ですが、過去9年間の年率成長は何と10.6%です。小ぶりな市場であればこれくらいの成長はあるでしょうが、数十兆円の市場でこの伸びは「凄まじい」と言えます。2020年はこれ以上の高成長が起きたのは確実です。

(出典:経済産業省(2020年7月22日)「電子商取引に関する市場調査の結果を取りまとめました」)

EC市場の伸び代

EC市場の伸び代はどの程度でしょうか。これから日本の人口は減るので、消費市場の成長は見込めません。したがって、消費市場全体(リアルが中心)を分母としたECビジネスの比率(=「EC化率」)が高くなるかが注目です。2018年日本のEC化率は6.22%ですが、同年の米国は9.85%、英国は20.67%です。(*1) 英国のEC化率が米国より圧倒的に高いのは意外ですが、「日本も英国並みのEC化率になれば、EC市場は今の3倍以上に成長する」と予測することは可能です。

(出典:経済産業省(2020年7月22日)「電子商取引に関する市場調査の結果を取りまとめました」)

ただ、それではリアリティが低い。そこで、品目別のEC化率(国内)を見ると興味深いことが分かります。

EC化率は品目によってバラバラである

* EC化率が30%を越えている品目: 家電、書籍、映像・音楽ソフト、事務用品など(第一世代EC)

* EC化率が30%を下回る品目: 食品、酒類、化粧品、医薬品、家具、インテリア、衣類、自動車など(第二世代EC)

(出典:経済産業省(2020年7月22日)「電子商取引に関する市場調査の結果を取りまとめました」)

EC化率が低い品目の背景

第二世代ECのEC化率が低い理由は何でしょうか?

* 鮮度が重要で、在庫を抱えにくい(食品、酒類)
* 買う前に現物を見たいと消費者が感じる(衣類、家具、化粧品、自動車)
* 消費者がECに慣れていない(医薬品)
* クリアしなければならない規制が多い(医薬品、化粧品)
* 物流の課題が解決されていない(全品目)

日本でEC市場が誕生して25年近く経ったのに、今でもEC化率が低い品目は、大手企業でもEC化が難しいか、大手が興味ないかのいずれかです。また、多品種少量市場、物流の画一化が難しい品目は、「大きなビジネスになりそうもない」とも言えます。逆の見方をすると、この市場は中小企業やベンチャー企業にとってチャンスです。

第二世代ECに必要なものは、低コストと高い利便性を備えた「ECインフラ」です。ECインフラとは、「システム」「物流」「人」を統合するイノベーションです。第一世代ECでは、大手システム企業、アマゾン、楽天、ヤマト運輸、佐川急便などがインフラを牛耳っています。中小やベンチャーも既存インフラを使ってECに参入していますが、コストが高く、創意工夫が困難でした。では、第二世代EC向けの新しいインフラはどこにあるのでしょうか。

第二世代ECにクイックデリバリーのインフラを提供する(株式会社エニキャリ)

この課題に「クイックデリバリーのシェアリングプラットフォーム」という理念でサービスを提供しているのが株式会社エニキャリ(anyCarry Inc.)(*2)です。クイックデリバリーは、注文から最短で数十分の配送に対応するサービスです。同社のDeaaS (Delivery as a service: 目新しい用語です)は下記の三つで構成されています。

① 注文サイト: PCやスマホなどの顧客端末と注文サイトをつなぐ

② 配送システム: ドライバーにシステムで適切な配送ルートを指示する

③ ドライバーインフラ: クイックデリバリーに必要なバイクや自転車のドライバーを調達する

(出典::株式会社エニキャリHP)



ヤマト運輸は「世界一」の宅配システムを構築しています。ただ、宅配はクイックデリバリーに対応していません。営業所をハブとして集荷と出荷の網の目を作る宅配は、早くて翌日配送が前提です。クイックデリバリーでは、注文したお客と注文を受けた店舗双方の近くにいる配送員が、システムの指令によって直接デリバリーを行います。配送員がいちいち営業所に立ち寄っていては、クイックデリバリーは成立しません。

(出典:株式会社エニキャリ HP)

中小やベンチャーのクイックデリバリーには様々なニーズがあり、インフラはニーズにきめ細かく対応しなければなりません。飲食デリバリーで最大手のUber Eatsはフリーランスの「ギグワーカー」を配送員として使っています。Uber Eatsの規模に対抗できなくても、同社より優れたサービスを提供できれば、チャンスがあります。例えば、ギグワーカーは配送スタッフの人手不足を解消する有望な選択肢ですが、「時間通り働かない」「ドタキャンが多い」などのトラブルが散見されます。ギグワーカー社員配送員より質的に劣ると思われているのは事実です。

エニキャリが手掛けている興味深い例は、福島県いわき市の地元タクシー会社に料理を運んでもらうプロジェクトです。自治体がプラットフォーマーになる例です。また、エネルギー大手エネオスと組んだ自動走行ロボットデリバリーの実証試験もあります。

第二世代ECのニーズとは何か

エニキャリのビジネスは下記4種類の顧客(ECサイト運営企業)ニーズに対応しています。

① 既存ECサイトの配送時間を短縮する
翌日配送のECサイトがエニキャリとAPI連携すれば、新たに専用サイトを作らなくても、クイックデリバリーができます。また、消費者から見ても、エニキャリでなくEC企業の自社ブランドで営業できます。ビッグカメラ・ドットコムと「超短時間配達」の実証試験が行われていますが、応用範囲は広そうです。

② 新たにクイックデリバリー付きECサイトを作る
エニキャリの助けを借りて、自社ブランドのクイックデリバリーECサイトを新設できます。ドラッグストア、スーパー、飲食サービスなど、これからECサイトを成長させたい企業に広く適用できます。また、EC企業の自社ブランドで営業できます。

③ 自社ECサイトを作らずに出店する
自社ECサイトを作ることが負担な企業は、エニキャリのECサイトに出品できます。物販、飲食サービスなど小規模事業者との相性が良い。ただ、サザビーリーグやダイヤモンドダイニングなどの大手企業も活用しています。

④ 試験的な運用やイベントなど突発的なデリバリーへの対応
短期間のイベントや実証試験の場合、新たにシステムを作ることは大変です。そこで、自社サイトからの注文情報をエニキャリサイトに手入力します。

(出典:株式会社エニキャリ HP)

日本の「ニューリテール」のインフラ構築を目指す

エニキャリの小嵜秀信社長は、2016年頃中国で始まった「ニューリテール」に可能性を感じ、日本での事業を始めました。ニューリテールは、小売DXの一例で、オンラインとオフラインを高度に融合させたビジネス(Online Merges with Offline: OMO)です。OMOでは、オンラインとオフラインの品揃えを同期させ、顧客は、商品を買う場合、「宅配」「店舗ピックアップ」「クイックデリバリー」のいずれかを選択できます。アリババが運営する生鮮食品のネットスーパー(「フーマー」)がOMOの先駆けですが、ウイチャット、テンセントなどのEC大手も市場参入しています。OMOは消費者の多様なニーズに対応するので、「うちはネットだけ(リアルだけ)しかやりません」と言う旧態依然の企業は競争に取り残されます。

日本のスーパーやコンビニは、おそらく世界一高度に発達しています。コロナ禍のスーパーでは「食品バブル」が起きましたが、これに胡坐をかいては先行きが知れているでしょう。中国と異なる日本の消費者ニーズに対応するOMOインフラを作る企業はどこなのか。第一世代ECのインフラ企業がこの分野に参入しても、第一世代での成功が足枷となって新しいインフラを構築できないかもしれません。新しい市場のキープレーヤーは大企業とは限りません。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?
(*1)経済産業省(2020年7月22日)「電子商取引に関する市場調査の結果を取りまとめました」:

(*2) 株式会社エニキャリHP: