コラム

ポストコロナのイノベーション30:  「科学的介護」によって深刻な人手不足を補う

2021年06月26日
 

ポストコロナの社会課題2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
コロナ禍で介護現場の人手不足がより深刻になった

コロナ禍が引き起こした社会課題に介護現場の変容があります。介護は高齢者が施設に入居する「施設介護」と自宅で介護する「在宅介護」に分けられますが、施設介護に大きな変化が起きました。高齢者はコロナによる重症化リスクが高いので、施設は入居者の外出や家族との面会を厳重に禁止・制限するようになりました。介護施設でクラスターが発生すると(そういう事例はありますが)、施設の評判はガタ落ちになります。介護施設は供給不足なので、「入居者は場所を選べないから問題があっても希望者は減らない」と指摘する人もいます。しかし、施設間の競争が高まっている近年、必ずしもそうではありません。

施設の面会制限実態調査(*1)によると、面会自体ができなくなったケースが63.9%に上ります。他の大半の施設でも、面会回数が制限されています。これは深刻な事態で、入居者から生きる気力を奪い、精神疾患にも繋がります。クラスターを発生させないためには、施設は面会制限の選択肢しかありませんが、ワクチン接種後も続くと、サービス競争に支障を来たします。

(出典:PRRIMES(2020年11月26日))

介護の人手不足はコロナ禍以前から顕在化していた課題です。施設介護も在宅介護も人手について「大いに不足」「不足」と回答している比率が年々高まって来ました。(*2)そして、コロナ禍で労働環境がより過酷になり、人手不足にスポットライトが当たっています。介護現場は離職率が高いのに採用が困難で、人手不足は構造的です。建物などハードが立派な大手傘下の施設でも、人材不足によるサービスの質低下が見られます。

(出典:厚生労働省(2016)第1回福祉人材確保対策検討会(H26.6.4)資料2)

人手不足の二つの側面

介護の人手不足には二つの側面があります。介護付き有料老人ホームには「3:1」という「人員配置基準」が法律で決められています。入居者3人に対し1人の介護職員または看護職員を配置しなくてはならないという規制です。上記の調査で「人材不足」と答えているのは、法定基準の人数を集められないのか、それを越えた上質なサービスを提供できないのか判然としません。比較的高い入居料を取る施設からは「3:1では十分なサービスを提供できない」という声を聞きます。

介護現場にテクノロジーが浸透し難い理由

慢性的な人手不足を、ロボットやIoTによって解決しようという企業は多数に上ります。ただ、技術を現場に実装する場合、問題が起きています。

① 現場の声がソリューションに反映されていない IoTは工場などの効率性を高めることから生まれているので、スローで泥臭い介護現場にはハイスペックなことが多い。また、入居者の尊厳、プライバシー、生活・認知機能の低下などへの配慮が足りずに、せっかくの技術が使われないことがあります。

② 新しいものを導入することが難しい 公的な介護施設は基本的に柔軟性が乏しい。民間施設も厚労省の監督を受けて介護保険を利用しているので、公的施設と大差ありません。新しいものを導入するのが難しいという特徴があります。

③ 資金不足の施設が多い 最近、大手傘下の施設が増えましたが、中小施設の半数が赤字と言われており、現場改善のための投資資金が不足しています。

長年にわたる介護現場の知見とテクノロジーを組み合わせる(インフィック株式会社)

農業の課題をテクノロジーで解決する場合と似ていますが、介護現場の悩み、課題をよく理解して取り組まないと実装が進みません。この点、長年介護ビジネス全般に携わり、その経験を生かしてテクノロジーを活用しているのがインフィック株式会社(*3)です。

同社は施設・在宅の介護事業、人材育成、金融サービスに、IoTとAIを組み合わせています。LASHIC Care(ラシクケア)(*4)というITサービスは、各種センサー(室内・空間、睡眠、ナースコール)をアプリと連動させ、高齢者の状況を把握・支援するシステムです。施設だけでなく、政府が増やしたい在宅介護や独居高齢者も活用できることがポイントです。

(出典:インフィック株式会社HP)

インフィック社長の増田正寿さんは30歳代前半から20年以上の現場経験によりビジネスを組み立てています。「若いうちに介護ビジネスで失敗を経験できたことが財産になりました。」と語ります。増田さんの経営理念として同社事業には次の三点が具現化されています。①従業員満足度(ES)を高めること、③高齢者の自立を支援すること、②インシデント対応だけでなく予測を重視することです。

従業員満足度、自立支援、インシデント予測の三本柱

① 従業員満足度(ES)を高める 介護は給与水準が低いのに重労働という大変な職場です。従って、ESを高めないと顧客満足度(CS)を高めることなどできません。従業員の大半が女性という環境への配慮も必要で、合理化、給与水準改定、IT化もES向上を軸にするべきです。

② 高齢者の自立を支援する 介護にITを活用する場合、高齢者をモノのように扱うのではなく、高齢者の気持ちを尊重しなければなりません。IoTは「Internet of “Things”」なので、気をつけないとモノ扱いになります。居室の見守りにカメラを使うのはもっての外ですが、センサーで代用すれば良いわけでもない。見守りにプラスして、「自立」という生きるインセンティブを感じてもらうことも重要です。

③ インシデント発生後の対応だけでなく「予測」を重視する 若い人と違って高齢者は問題が起きると手遅れになることが多いので、事後対応と同様に事故予測が重要です。圧力センサーをベッド下にセットし、入居者が起きてセンサーを踏むと施設スタッフにアラートが行く「離床マット」というシステムが活用されてきました。しかし、高齢者は寝起きに転倒することが多く、アラートが鳴って駆け付けたのでは遅いことがよくあります。寝起き時の転倒は入居者が入院する原因の上位です。そこで、ラシクケアは、居室内の「温度」「湿度」「照度」「運動量・動き」をモニターして転倒を未然に防ぐべく「離床予測」を行います。呼吸(推定値)、姿勢、睡眠の深さなどもセンサー項目に加え、熱中症、感染症、認知症初期症状、徘徊などの予測も始まっています。

(出典:LASHIC Care)

(出典:LASHIC Care)

介護現場を変える「科学的介護」

深刻な人手不足を気合や精神論で克服していると思われがちな業界ですが、最近「科学的介護」(*5)という概念が誕生しています。科学的介護とは、エビデンス収集によって介護サービスを改善し、ユーザーにも情報提供することです。医療においてエビデンスの収集が重要になったのと、まさに同じ変化です。2021年、施設が見守り機器などの科学的介護を導入すれば、人員配置基準の緩和が認められるようになりました。IT投資によって介護業務を数値化すれば深刻な人手不足を補うことができ、余剰資金を給与水準改善や投資に回すことができます。

ただ、増田社長によると、介護現場にはITリテラシーが高いスタッフが不足しており、科学的介護導入のネックです。そこで、同社は「IT介護士」という任意資格を作り、ITに明るい人材を増やす取り組みを始めました。このような「日本式介護」は今後、高齢化が進む中国などからの引き合いが増えると思われます。政府も「国際アジア健康構想」という枠組みを立ち上げ官民連携が進んでいます。国内の介護人材不足は海外からの移民とセットで語られることが多いですが、同社の取り組みは新しい発想を提供してくれます。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1)PRRIMES「【コロナ禍の介護施設の実態】6割以上が「入所している親御さんとの面会自体ができなくなった」と回答!会えない今困っていること・心配なこととは…?」(2020年11月26日):

(*2)厚生労働省(2016)第1回福祉人材確保対策検討会(H26.6.4)資料2:

(*3)インフィック株式会社HP:

(*4)LASHIC Care HP:

(*5)厚生労働省HP「科学的介護」: