コラム

ポストコロナのイノベーション29:  透明な断熱材が作る新しい省エネ効果

2021年06月16日
 

ポストコロナの社会課題:4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?
温室効果ガス削減目標のアグレッシブな修正

コロナと直接の関係はありませんが、2020年は主要国が経済のグリーン化を強調した年でした。秋にEUは2030年までにCO2排出量を55%削減(1990年比)すると発表しました。従来の40%削減目標よりかなりアグレッシブな変更です。これに刺激されたかは分かりませんが、中国は2030年に「GDPあたり」削減目標を65%以上(2005年比)と発表しました。従来の60〜65%削減よりやや踏み込んでいます。また、バイデン政権になった米国は、トランプ政権の無関心を払拭して早速パリ協定に復帰しました。2030年までに50%以上削減(2005年比)すると発表されています。

世界のCO2排出量の約5割を占める「三局」がいずれも野心的な計画を発表しましたが、削減の基準年やその時点での排出絶対量が違うので、野心度合いを比較してもあまりピンと来ません。特に、中国の「GDPあたり」という目標が曲者で、経済成長すれば排出量が増えても削減目標達成になります。何れも法的拘束力がない努力目標ですが、産業界へは確実なプレッシャーになります。

先進国だけでは制御困難なCO2排出量

では、近年世界のCO2排出は減っているかというと、2000年以降急激に増えています。(*1) 特に、アジアの排出量増加が顕著で、米国やEUが中心にアピールしても、世界をコントロールするのは困難なことが分かります。

(出典:全国地球温暖化防止活動推進センター「世界の二酸化炭素排出量の推移」)

米欧中の圧力を感じて日本も削減目標を引き上げ、菅首相は2030年までに46%削減(2013年比)すると発表しました。従来の削減目標が26%だったので、EU、中国よりもアグレッシブな上方修正です。

なかなか排出が減らない日本の運輸・民生部門

日本の削減状況を評価すると、2018年の排出量は約12%減少(2013年比)しています。(*2) まだ数字が集計されていない2020年はGDPが縮小したので、排出量も減ったのが確実です。景気後退は確実に排出量を減らします。現にリーマンショック後の二年間で排出量が約10%減少したので、2013年比で少なくとも20%は減少していると推測されます。ただ、2021年以降の景気回復によって排出量がまた増えるので、46%の削減目標はかなり遠い道と言えます。政策、技術、投資の総動員がないと目標達成はできません。

(出典:全国地球温暖化防止活動推進センター「データで見る温室効果ガス排出量(日本)」)

過去30年間、日本の排出量変化の部門別内訳を見ると、産業部門の排出量が最大ですが、時系列で着実に減ってきました。一方、運輸、業務、家庭は思うように減っていません。(*3) 工場、オフイス、倉庫単位で規制できる大企業の排出量は減らしやすいが、個人や中小企業は件数が膨大で規制コストがかかるため、なかなか排出量が減りません。

(出典:全国地球温暖化防止活動推進センター「日本の部門別二酸化炭素排出量の推移(1990-2018年度)」)

「透明な断熱材」という従来なかった解決策(ティエムファクトリ株式会社)

運輸・民生部門では、エコカー、家電などによる省エネ努力が行われてきました。ただ、省エネのアイデアには「出尽くし感」があるので、従来と根本的に違う発想が必要です。

新しい発想は、京都大学発ベンチャーのティエムファクトリ株式会社(*4) から提示されています。それは世界初の「透明な断熱材」です。断熱材は建物などで広く使われている省エネ素材ですが、壁や柱など透明でない場所に使われると相場が決まっています。

(出典:ティエムファクトリHP)

断熱材は主に下記の三つに分かれます。(*5)

① 鉱物繊維系:グラスウールなど
② 木質繊維系:セルロースファイバーなど
③ 発泡プラスチック系:ポリスチレンフォームなど

各々の素材は熱伝導性、防湿性、コストなどに違いがありますが、何れも建材の外張り断熱材や柱への充填に使われます。「壁」に使われるが、「透明なガラス」とは無関係です。

ガラス状の透明な断熱材があれば省エネに与える影響は大きい。建物のデザインや居住性を良くするためにガラスを効果的に使うことは不可欠です。ただ、ガラス面積を大きくすると断熱効果が減って、空調に多くのエネルギーを要します。また、自動車、電車は構造上ガラス面積を減らせないので、透明断熱材の省エネ効果は大きい。真夏の車内は灼熱地獄なので、空調のためにガソリン消費量が大きくなります。

(出典:ティエムファクトリHP)

現在でもガラスに遮光フイルムを貼るなどの暑さ対策が行われていますが、遮光フイルムはあくまで光をガラス表面で反射させるもので、断熱効果はありません。また、フイルムによってガラス越しの景色が損なわれます。透明な断熱材は省エネ(断熱)と景観確保の両立という従来なかった価値を実現できます。

省エネ+新たな再生可能エネルギー

ティエムファクトリが開発した軽量透明断熱材(「SUFA」)は、エアロゲルという素材の一種です。同社によると、エアロゲルは固体の中で最も断熱性能が高い素材です。昔から知られていた素材ですが、硬くて脆く、加工に高圧の乾燥装置が必要です。そのため生産コストが高いのが難点でしたが、SUFAは素材の骨格を柔軟にさせて、加工中に壊れないよう工夫されています。

(出典:ティエムファクトリHP)

SUFAを建材の素材として実用化するには、大きさ、耐久性、形状がキーワードです。現在30cm四方の透明な板を作れますが、窓断熱に使うには1M四方以上の大型化が必要です。また、二枚のガラスに挟んで透明な断熱ガラスに加工できるので、耐久性はあまり心配しなくて大丈夫です。さらに、SUFAをパウダー状にすれば、繊維や樹脂に混ぜて断熱塗料に加工することが可能です。

(出典:ティエムファクトリHP)

現在、建築物や車だけでなく、家電、コンビニ冷蔵庫など主に省エネ用途が研究されていますが、SUFAを使った新たな再生可能エネルギーの研究も行われています。断熱ガラスで箱状の装置を作って太陽光を集めれば、箱内で発生した熱を内部に閉じ込めることができます。太陽光の熱利用と太陽熱発電の実用化です。

温暖化対策の多くは規制や助成金がきっかけを作ります。ただ、助成金の支払いは持続的でないので、ある時点で市場原理に移行しなければなりません。透明な断熱材が従来と異なる再生可能エネルギーや省エネを実現できれば、民生部門のCO2削減に貢献できると思われます。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1)全国地球温暖化防止活動推進センター「世界の二酸化炭素排出量の推移」:

(*2)全国地球温暖化防止活動推進センター「データで見る温室効果ガス排出量(日本)」:

(*3)全国地球温暖化防止活動推進センター「日本の部門別二酸化炭素排出量の推移(1990-2018年度)」:

(*4)ティエムファクトリHP:

(*5)アキレス株式会社HP: