コラム

ポストコロナのイノベーション23: クラウドファンディングによって新興国経済を底上げする

2021年04月17日
 

ポストコロナの社会課題4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
ポストコロナの社会課題4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
ワクチンが拡大した新たな国別格差

新型コロナウイルスは先進国と貧困国間の新たな格差を生み出しました。それはワクチン調達能力における格差です。例えば、下記のような現象が起きています。

* 世界全体のワクチン接種1億1980万回(2021年2月時点)のうち約40%を米国と英国が占める
* 人口に対して50%以上の接種を行ったのはイスラエルのみで、20%以上が米国、英国、チリ、UAE、バーレーンと一部の国に偏向している
* アフリカで何らかのワクチン接種の記録があるのはエジプト、モロッコ、セーシェル、ギニアのみで、貧困国の接種はほとんど進んでいない(以上*1)
* ダボス会議において、南アフリカのラマポーザ大統領が先進国のワクチン・ナショナリズムを批判した(*2)

世界のワクチンマップ(出典:ブルームバーグ「ワクチントラッカー」)

危険な「自国にワクチンがあればオーケー」という発想

明らかにお金と政治力が世界のワクチン配分を決めています。自国にさえワクチンが行き渡れば大丈夫という考え方がワクチンナショナリズムですが、それでは済まないのがパンデミックの難しさです。国内で感染を抑えても永久に鎖国を続けることはできません。国外に感染があれば、国内にウイルスが侵入するリスクは残ります。

また、ワクチン接種が先進国に偏ると、新興国を含むバリューチェーンのあちこちに目詰まりが起きます。新興国は生産拠点且つ大消費市場なので、この状況が続くと世界経済の損失は最悪9兆2000億ドル(約970兆円)に上るという予想もあります。(*3) 先進国では国内感染が収まって経済回復すればオーケーと思いがちですが、グローバル経済ではお互い切り離すことは困難です。米国の中国叩きが行き過ぎると、米国経済にブーメランが返って来ることと似ています。

新興国の経済底上げによってパンデミックへの耐性を高める

ただ、新興国や発展途上国へのワクチン供給に関して、企業はもちろん日本政府もできることは限られています。その代わり、貧困に苦しむ国の経済を底上げして、間接的にパンデミックの影響を和らげることはできます。貧困がパンデミックを助長することは言うまでもありません。

大多数の人が銀行融資を受けられない地域では、マイクロファイナンス(貧困者向け小口融資)の数世紀にわたる歴史があります。例えば、数千円相当の小口融資でも住民の自立を助けることができます。家畜の飼育や食料販売など生活に直結した借金であれば、貸し倒れリスクは低いとされてきました。しかし、債務者の監視や指導にコストがかかるため金利を上げる必要があり、債務者の不満、貸し倒れリスクの増加という悪循環に入りやすい。また、数千円の小口と言っても、現地の物価水準を考えれば楽な返済とは限りません。

新興国経済の穴を寄付型クラウドファンディングで埋める(株式会社奇兵隊)

一方、病院の治療、災害支援、児童労働撲滅などの費用は事業性資金でないので、マイクロファイナンスに馴染みません。しかし、社会保険や公共サービスがない国では、小口寄付を喉から手が出るほど欲しい人が多いことも現実です。この穴を寄付型のクラウドファンディング(以下CF)で埋めているのが株式会社奇兵隊(*4)です。

事業性審査が厳しくて中々出資して貰えないベンチャーキャピタル(VC)と異なり、CFは小口資金を広く(crowdから)募る仕組みです。ベンチャー投資より少額の資金で済み、「儲かる」「儲からない」より寄付してくれる人の「共感」を得ることがポイントです。お互い直接に顔を合わせないことを除けば、CFは通常の寄付と同じです。

インターネットと無関係にCFは数世紀の歴史があり、欧州が源流です。お金を募る理由は、社会貢献、アート、イベント、防災、市民運動、遊びなど様々です。19世紀の米国では、自由の女神像の台座用資金がCFによって集められました。現在、GoFundMeという世界最大のCFサービスが米国にあり、年間2,200億円近い寄付が行われています。日本でもキャンプ・ファイアやマクアケなど寄付型CFがあり、融資型CF、購入型CFも少なくありません。

ところが、南アジア、インド、中東、アフリカはまさにCFの空白地帯です。ASEANには多少CFが見られますが、米国や日本と比べて潤沢と言えません。これらの国は貧困層が分厚く中間層が少ないため、寄付が欲しくても受けられる人が少ない。奇兵隊はこれら空白地帯をターゲットに寄付型CFを展開するユニークな企業です。

スマホが途上国の寄付事情を変える

奇兵隊を通じて、下記のような寄付が実現されています。(*4)
* 英国へのサッカー留学を夢見るカメルーンの少年の応援
* フィリピン、ルソン島の台風・被災地に支援キット配布
* 台湾の心臓移植手術、フィリピンの悪性骨肉腫手術の治療費支援
* インドネシアのモスク、学校建設支援
* モーリシャスの孤児院へのクリスマスプレゼント
* ベニンの養鶏農場拡大

奇兵隊を通じた新興国の個人間寄付は、昔の知り合いや遠い親戚に対するものが中心です。例えば、アフリカから欧州への移民、中南米から北米への移民が祖国の知り合いに寄付するパターンです。

主な寄付プロジェクト(出典:奇兵隊HP)

新興国の子供が心臓移植手術費用を先進国からの寄付で1億円集めたというニュースをたまに聞きます。しかし、奇兵隊の阿部遼介社長によると、先進国から新興国個人への寄付はあまり例がないそうです。一方、未就学児童が多いナイジェリアでは、2,000円もあれば5〜6人の子供が学校に行けます。物価水準が違う先進国からの寄付は新興国にとって意義が大きい。

そこで、非政府機関(NGO)を介して先進国から途上国へ寄付される事例が最近生まれています。国連の国際移住機関(International Organization or Migration、以下IOM)はアフリカのシエラレオネの雇用を増やすため、現地で職業訓練を行っています。ただ、そもそも「企業」がほとんど存在しない地域なので、自立のためにはむしろ起業訓練が必要です。しかし、IOMの予算は職業訓練に使えても起業訓練には使えないという縛りがあります。そこで、奇兵隊がその穴をCFで埋めます。名前も知らない個人に対する寄付でなくNGOを介した寄付であれば、日本からもお金が集まる可能性があります。

近年、新興国ではスマホが普及しており、クロスボーダーの寄付において、銀行送金、現地での現金配布といったコストが劇的に下がりました。こういった環境整備が奇兵隊のビジネスに不可欠です。現地経済をボトムアップで支援することは、理念重視だけでなく先進国にとって経済合理性もあることをコロナ禍は再認識させました。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html
1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1) ブルームバーグ「ワクチントラッカー」:

(*2)日本経済新聞(2021年1月28日)「新興国がワクチン囲い込みに反発、価格つり上げの懸念も」:

(*3)International Chamber of Commerce (2021) “Study shows vaccine nationalism could cost rich countries US$4.5 trillion”:

(*4) 株式会社奇兵隊HP:

(*5) Airfunding HP: