コラム

ポストコロナのイノベーション20: 収穫ロボットが農業の人手不足を解消する

2021年03月21日
 

ポストコロナの社会課題2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
ポストコロナの社会課題3. ITの新たな活用方法を提示すること
パイが安定するとは限らない食料の供給

コロナ禍によって外食業界が大打撃を受けたのはこのコラムで繰り返し述べて来たとおりです。ただ、店内で長時間滞在する必要がないファストフードやUBER Eastsなどによるデリバリー、持ち帰り需要は昨年も好調で、スーパーの食品販売も堅調です。食におけるライフスタイルの変化はあっても、国民の胃袋総量は変わらないので、食品はパイが激変しない市場ということが確認されました。

しかし、パイが変わらないのは「需要」の話で、食料の「供給」は輸入や国内生産の状況によって結構変動します。日本は米国、オーストラリア、中国などから大量の食料を輸入しており、コロナ禍などによって保護貿易が広がれば打撃を受けます。また、毎年のように起きる異常気象は国内生産の大きな脅威です。

よく言われる日本の「カロリーベース食料自給率」は38%しかありません。ただ、生産額ベースの自給率は66%もあり(*1)、「38%」という極端な数字とはかなり受ける印象が違います。ただ、先進国比較で日本の自給率が低いことに変わりありません。

人手不足の主戦場(野菜、果物、畜産物)

日本の農業は次世代の担い手が不足しているとよく言われます。世代別でみると70歳以上の担い手が95万人もおり、他世代の人数を圧倒しています。(*2) 若年層に行くほど人数が少なくなるので、「お先真っ暗」という表現はあながち誇張でありません。

では、次世代農業の担い手をどうやって確保すれば良いのか。それを理解するために食料品目別の自給率を見てみます。どっぷりと輸入に頼っているのは小麦(生産額ベース自給率19%、以下同じ)、輸入と国産が半々なのが、大豆(49%)、砂糖類(55%)、畜産物(56%)などです。これらの数字を見ると、カロリーベースの自給率38%は「ホラーストーリー」と言えそうです。また、コメは100%国産で、野菜(89%)、果物(62%)と大半を自給している品目もあります。(*1) 稲作はトラクターやコンバインなどの機械化が最も進んでおり、80歳代の人でも担えると言われています。したがって、国内生産の担い手不足を主に考えなければならないのは、野菜、果物、畜産物です。

農産物品目別の自給率(出典: 農水省HP「日本の食料自給率」)

ロボットによって人の野菜収穫をサポートする(アグリスト)

これまで、若者の啓蒙、都会から地方への移住促進など様々な施策がなされてきましたが、農業の人手不足解消の決定打になっていません。そこで、従来野菜や果物に馴染まないとされてきたロボット開発が始まっています。ロボットであれば、若者との親和性が高いこともポイントです。

宮崎県児湯郡新富町という全国的にあまり知られていない農業地域に本拠を置くAGRIST(アグリスト)株式会社は「テクノロジーで農業課題を解決する」という理念を掲げ、AIを搭載した自動収穫ロボットを開発しています。(*3)

野菜や果物の栽培は高齢者にとって負担が大きい作業です。旬の収穫時期を逃すと商品価値がなくなるので、ロボットが収穫時期の人手不足を解決してくれれば、農家への恩恵は大きい。しかし、野菜収穫をロボット化するといっても、稲作のように広く平な場所で碁盤目状に植え、収穫するのとは条件が異なります。一般的にロボットは硬く直線的なものを加工するのは得意ですが、野菜のように柔らかく、不均質で、傷つきやすいものを処理するのは不得意です。つまり、ロボットが全自動で収穫することを目指すと、うまく行きません。

人をサポートする収穫ロボット(出典: アグリストHP)

そこで、アグリストは「100%ロボット」でなく、「人をサポートするロボット」を開発しました。凸凹がある地面をロボットが走行することは難しいので、ワイアーで吊り下げて空中移動させ、ハンドで収穫します。現在開発された機械はピーマン用で、3〜5kgの収穫物をタンクに貯め、一杯になったらコンテナとの間を往復します。ピーマンの次はトマトやきゅうり収穫機の開発が予定されているようです。

膨大なデータ収集によって熟練農業のノウハウを再現する



また、ロボットが巡回しながらハウス内の画像や温度などの膨大なデータを収集・解析し、生産性を改良することが始まっています。これは、製造業で課題になっている熟練労働者ノウハウのデータ化と同じで、単に野菜や果物を収穫するだけでなく、利益率拡大など拡張性が期待できます。

アグリスト社長の齋藤潤一さんはシリコンバレーのITベンチャーで音楽配信サービスの責任者を務めていました。得意分野がITとデザインでしたが、東日本大震災をきっかけに地方創生に自分の強みを活かそうと思い立った異色のキャリアの持ち主です。

ロボットの必要性が議論された「儲かる農業研究会」(出典: アグリストHP)

その過程で新富町と出会い、定住して10年になります。収穫ロボットの開発は農家が集まる勉強会で議論され、必要性と具体的なイメージが明らかになりました。新富町は比較的若い農家が多く、「新富アグリカレッジ」と銘打って新規就農者向け研修を組織的に提供しています。齋藤さんによると、スマート農業のスタートアップが新富町に集まっているそうです。

ロボットやAIは、現状資金量豊富な大企業向けに実装されることが殆どですが、アグリストのケースはお金がない地方や農業のために活用され始めています。ITだけで社会を変えることはできず、ITを掛け合わせる「現場」を知っていることに価値が見いだされます。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html
1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1) 農水省HP「日本の食料自給率」

(*2)農水省平成26年度 食料・農業・農村白書:

(*3)アグリストHP: