コラム

「ポストコロナ」のイノベーション⑭: 「三密」をリアルタイム空き情報で「平準化」する

2020年08月20日
 

社会課題1-2. 今までと違う「接触方法」とは?(1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること)
ソーシャルディスタンスのそもそもの意味

コロナ禍が始まって以来、今まで馴染みがなかった「ソーシャルディスタンス」(Social Distancing)という言葉がポピュラーになりました。この言葉は「社会的距離拡大戦略」と訳されていますが、「ソーシャルディスタンスを保つ」と言った方がしっくり来ます。いずれにせよ「人同士の距離を保って感染症拡大を防ぐ方策」の意味ですが、英語圏でも比較的新しい言葉です。

ソーシャルディスタンスが知られるようになったことは、下記のような感染症の国際問題化と軌を一にしています。

① 2009年、世界保健機構(WHO): 「他の人から少なくとも腕1つ分の距離を保ち、人が集まることを最小限に抑えること」(*1) (豚インフルエンザ流行時)
② 2017年、米国疾病予防管理センター(CDC): 「感染症の拡散リスクを減少させる目的のため、人と人との間の接触の頻度および近接性を減少させること」(*2)
③ 2020年、CDC: 「集団的な場から離れていること、大人数の集会を避けること、可能であれば他者から約6フィートまたは2メートルの距離を保つこと」(*3)


日本の「三密」はCDCのガイドラインとやや違っていますが、「2メートル」の距離は上記の研究に基づいています。

ソーシャルディスタンス維持の具体策

ソーシャルディスタンスを維持する具体策として、一般的に提示されているのは下記の施策です。施策は概ね下に行くほど経済的な悪影響が大きくなります。

身体的な接触の回避
対面接触の禁止・制限
旅行や出張の制限
大人数集会の中止・制限
学校・オフィスの閉鎖
公共交通機関の停止 検疫
集団の隔離


これら施策を「人が集まる場所」という角度で分解すると、対策は大きくふたつに分けることができます。

① 場所を閉める
② 入場する人数を制限する


場所の開閉と比較して複雑な「入場制限」

場所を空けるか・閉めるかの意思決定はシンプルですが、人場制限はそうでもありません。例えば、今春の花見シーズンは、上野公園のように花見スポットを閉鎖したケースがありましたが、特に規制しない場所も少なくありませんでした。皇居そばの千鳥ヶ淵公園は目測で例年の10分の1以下の人出しかなく、図らずも感染リスクが少ない場所になりました。「立入禁止」テープが貼られた上野の花見映像を見て、「花見は感染リスクが高い場所」という認識をした人が多かったことが分かります。

飲食店やイベント・スペースは、感染対策をしているところが多いですが、「密」の度合いは実際に行ってみないと分からないし、同じ店でも時間帯によって密の度合いが変化します。このように、密の情報は事後的にネットやTVニュースで見てもあまり意味がなく、リアルタイムで分からないと価値がありせん。

IoTによって「空き」情報をリアルタイム提供する(株式会社バカン)
出典:株式会社バカンHP

そういった密(空き)情報を、IoTを使ってリアルタイムで提供しているのが株式会社バカン(*4)です。「VACAN」の社名は英語のVacancy(空き)から来ています。社長の河野剛進さんは、数年前モールに行った時、自分のまだ小さなお子さんが行列に耐えかねて泣き出したのを見て思いました。「店が混んでいるかどうか、事前に正確に分かれば良いのにな‥」

行列や混雑を嫌う人は多いが、「リアルタイムの混雑情報」は世に殆どないことに気付いた河野さんは、バカンを起業しました。場所を予約するのは多少精神的負担があるけど、「すぐ近くにいるから、空いているなら行きたい」という隠れたニーズの掘り起こしを狙いました。

同社は、センサーやカメラなどのハードウェアとデータ処理技術を組み合わせて、飲⾷店、会議室、駐車場、トイレなど、あらゆる場所の「空き」「混雑」情報をリアルタイムで可視化しています。高層ビルのオフィスで働く人々にとって、社内会議室は取り合いになるし、トイレの空き状況が分からないことは、特に女性にとって深刻な問題です。空き情報は、PC、スマホ、デジタルサイネージなど様々なデバイスに表示できるので、ビルの大家、テナント(企業や飲食店など)双方に活用機会があります。また、空き情報はセンサーによって自動で切り替えられるので、手間がかからないことも成長している要因です。

センサーと画像解析を組み合わせて商品を作る企業は少なくないですが、ビルや倉庫のセキュリティ、介護施設の見守りをターゲット市場にしていることが多く、バカンのように空き情報提供に特化している企業は珍しいです。センサーが取るべき情報の内容や品質、解析手法に市場ごとのノウハウがあり、それらが差別化要因です。

サービスを提供する・受ける双方にメリットがある「密の平準化」

コロナ禍によって、今までと異なるニーズも見えてきました。温泉旅館の貸切風呂は以前から空き情報が必要でしたが、密を避けるため大浴場や砂風呂の混雑情報まで求められるようになりました。また、災害避難場所、IT化が遅れている役所の窓口、選挙の投票所、イベント会場、デパートの化粧品売場、プール、オフイスビルの喫煙部屋などにもニーズが生まれています。今まで行列がなかったところに突如行列が生まれ、逆に、安全なのに情報がないため閑散とした場所が数多く生まれています。

バカンのサービスの面白いところは、密を作っている人が自発的に密を解消する仕組みを導入していることです。「AirKnock」というサービスは、トイレの混雑状況を個室内のタブレットに表示することで、長時間籠もっている人を「早く出なければ」という気持ちにさせます。正に「エアーで個室ドアをノック」してくれます。

これまでは密を「作らない」ことが社会課題でしたが、コロナ禍が続く中、密をいかに「平準化」するかが真の課題になりつつあります。飲食店の密が平準化されれば、来店客は安心し、「うちの店は空いているから安全なんだけどな」という客待ちの悩みも解消できます。日本に15万ヶ所あるといわれる飲食店、ホテル、自治体、衛生上の要求が厳しくなったトイレなど、市場の伸びシロは大きいと言えます。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html
1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1)WHO(2009) “Pandemic influenza prevention and mitigation in low resource communities”:

(*2)CDC (2017) “Community Mitigation Guidelines to Prevent Pandemic Influenza”:

(*3)CDC (2020) “Public Health Guidance for Potential COVID-19 Exposure Associated with International or Domestic Travel”:

(*4)株式会社バカンHP: