『俺のイタリアン』を生んだ男-「異能の起業家」坂本孝の経営哲学(4):絶滅危惧種ジャズライブで儲ける

『俺のイタリアン』を生んだ男-「異能の起業家」坂本孝の経営哲学(4):絶滅危惧種ジャズライブで儲ける


俺のイタリアンや俺のフレンチでは、店内でジャズライブを演奏している店舗がいくつかあります。近年、国内のジャズライブは客足が激減しており、どこのライブハウスも苦しい経営を続けています。ところが、俺のシリーズ店内では、満員のお客が毎晩拍手喝さいしてくれ、熱気に満ちています。しかも、お客が払うミュージックチャージは、ひとりわずか300円なので敷居が高くない。ジャズライブを始めてまだ2年足らずの俺のシリーズは、今年中に何と日本最大のライブハウスになる予定なのです

ところで、ジャズライブはこの会社のビジネスモデルにとって邪魔な存在のはずです。何故なら、俺のシリーズは店舗面積あたりの顧客数を極限まで高めることを目指しているからです。バンドが占有するスペースには当然客席は置けず、その分売上を失います。しかも、ひとりあたり300円のミュージックチャージしか取ることができません。坂本社長がジャズ導入を思いついた時、社内は反対意見一色でした。外部の人達はジャズを宣伝広告のための必要経費だろうと見ていました。

 ところが、ジャズは意外にも利益率が高いビジネスになったのです。単なる客寄せのツールではありませんでした。この状況を理解するキーワードはジャズの「レバレッジ効果」です。

絶滅危惧種「ジャズライブ」

 坂本は大学時代にグリークラブに所属して、元々音楽が好きだった。そして、若い頃から足しげくジャズクラブに通った。長年、ジャズクラブや歌手を観察して、坂本は驚きの決断をした。店内でジャズライブ演奏をするというのである。今まで聞いたことがない取り組みだ。しかも、俺のイタリアン1号店オープンからわずか10ヶ月後のことである。店をどう回して行くか汲々としていた時である。

 まず、ジャズミュージシャン三名が社員として採用された。ミュージシャンを正社員にしているレストランは日本では他に例がないと思われる。2014年7月にはジャズを演奏する店舗が7店、ミュージシャン300名になる予定だ。こうなると、名実ともに「日本最大のライブハウス」になるというから驚きである。構想からわずか2年で日本一になるのだ。

 ジャズライブは凋落著しい。ジャズ・フュージョンの国内アーティストによる2013年の観客動員数は約3万2,000人である。2004年の22万2,000人と比較すると、何と86%も激減している(一般社団法人コンサートプロモーターズ協会による)。もはや「絶滅危惧種」と言って良い。当然、ライブハウスの経営は厳しい。一般的にはほぼ無名ミュージシャンの演奏でも、お客は3,000円から5,000円のミュージックチャージを取られる。飲食代を合わせると、ひとり一万円ぐらいになってしまう。この料金だとなかなかお客が集まらないので、ミュージシャンにはノルマがある。友人、知人を自分のライブに連れて来なければならないのだ。

 ミュージシャンたちは一生懸命演奏しているのだが、これでは日本のジャズ文化が廃れてしまう。坂本は「何とかしたい」と考えた。俺のシリーズではお客が払うミュージックチャージはひとり300円だけで、ミュージシャンにお客を連れてくるノルマはない。しかも、ちゃんとギャラが貰え、店内でファンができるかもしれないのだ。ミュージシャンにとっては夢のような境遇である。

 ジャズの導入には社内で当初、猛烈な反対があった。「ジャズを目の敵にした」支配人もいたほどだ。この反対はもっともである。ジャズバンドを入れなければ、3つも4つも追加でテーブルを置くことができる。一日50人のお客を失う計算だ。店舗あたりの顧客数を少しでも増やそうと爪に火をともすような努力をしているのに、何故、ジャズバンドなどを置くのか?

 反対する社員の意見を坂本はじっと聞いた。坂本は「どれだけ参入障壁を作るかが大事です。ジャズとのコラボは成功すると思いますよ」と部下を静かに説得した。坂本は部下に対して感情的になることは殆どなく、自らに反対意見を述べる部下を前にしたこの日もいつもと同じであった。

 そして、次の週には「もう、入れたから」という坂本のさらっとした言葉とともに、店内にピアノが搬入されていた。ジャズの位置付けについて、坂本は「レストランでは食事が主役、BGMはわき役という思い込みがあります。生の演奏の素晴らしさが分かればまったく違うのです」と語る。

「レバレッジ効果」の威力

 ただ、ジャズはやはり観客が減り続ける衰退市場である。ジャズは飽くまでBGMであり、人を集める手段ではないと考えるのが常識である。周囲はジャズのことを「社長の道楽」と解釈した。ところが、ジャズは道楽ではなく、貴重な戦力となったのだ。驚くことに、ジャズはテーブルを置くよりも高い利益を実現した。

 『俺のフレンチ・イタリアンAOYAMA』の場合、一日約500人の来客があるが、そのうち380人のお客が300円のミュージックチャージを払う。これで月間約350万円の売上になる。ミュージシャンへのギャラを一人一日1万円とすれば、4人が演奏して月120万円の支払いである。つまり粗利益は月230万円、年間2,760万円となる。利益率5%とすれば、3,000万円の利益は6億円の料理売上に相当する。青山店の予想売上が7億円なので、驚くべき高利益率ビジネスである。実は、ジャズは店の規模が大きくなるほど、「レバレッジ効果」(てこの効果)が大きいビジネスなのだ。

 レバレッジ効果とは何か。変動費と固定費の利益に与える影響が異なり、売上が大きくなるとその差が大きくなることを意味する。

 料理を提供する場合、主に食材費が売上に連動する変動費となる。これにプラスして、人件費、家賃、光熱費など売上に連動しない固定費もかかるが、料理のコストは変動費の比率が大きい。つまり、料理は大量に作っても利益率は大して変わらないことになる。これに対して、ジャズの売上にかかるのはほぼ固定費(ギャラ)のみである。ミュージックチャージの売上は客数に比例して増えるのに、ミュージシャンに払うギャラはお客がひとりでも500人でも同じ金額だからである。お客の数が増えれば、料理と違ってジャズの利益率は飛躍的に高まるのだ。

 ジャズから大きな利益が上がれば、その分食材を贅沢にして原価率をさらに上げることができる。フード⇒ジャズ⇒フードの好循環である。これが、ジャズが貴重な戦略となった中味である。副社長の安田は「うまく行けば食材原価率100%でも店は黒字を出すことができます」と語る。これが、ジャズのレバレッジ効果である。お客さんの席を削ってジャズのスペースを割いたことは大成功だったと言える。

坂本孝(さかもとたかし)/1940年生まれ、山梨県甲府市出身。慶應義塾大学卒業後、数々のビジネスを立ち上げる。1991年、ブックオフを創業し、同社を東証一部企業に育てる。2012年俺の株式会社を設立し、社長に就任。「史上最年長IPO経営者」を目指している。

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『俺のイタリアン』を生んだ男-「異能の起業家」坂本孝の経営哲学(3):異分野をマッチングさせる能力

俺のイタリアン』を生んだ男-「異能の起業家」坂本孝の経営哲学(3):異分野をマッチングさせる能力

 坂本孝社長の経営哲学第三回です。前回は『俺のイタリアン』に始まる『俺のシリーズ』のビジネスモデルがどのようなものかお話ししました。今回は、何故このような業界常識を破るアイディアが生まれたのかをお話します。背景には、一見全く違ったものをマッチングさせる発想がありました。この姿勢は坂本社長が古本チェーンのブックオフを立ち上げた時から一貫しています。

「ミシュラン星付きレストラン」と「立ち飲み居酒屋」のマッチング

 俺のシリーズは「ミシュラン星付きレストラン」と「立ち飲み居酒屋」という一見まったく無関係なものを合体させるところから生まれた(図1)。ところが、この構想は当初外部からの評判は良くなかった。クリエイターのエージェンシー事業を行うクリーク・アンド・リバー社社長の井川幸広は、数年前、一号店がまだオープンしていなかった時に坂本と会食した。「立ち食い高級フレンチ」の構想を聞いた井川は「さすがの坂本さんも『ちょっとお年を召されたのかな』と思った」と述懐する。

 構想を練るために、社長の坂本孝、副社長の安田道男、専務の森野忠則の三人は市場調査と称して色々な店を食べ歩いた。看板は有名なのだが料理やサービスが今ひとつの店、料理は美味しいのだがプライベートでは手が出ない程値段が高い店など様々だった。

 調査を続けているうちに、三人は「この過当競争で不況の時代でも流行っている店が二種類ある」ことに気付いた。ひとつは「ミシュランの星を取る高級店」、もうひとつは「美味しい料理を安い値段で出す立ち飲みの名店」であった。

 どうやら、この二つのカテゴリーが狙い目であった。ところが、中々決め手がない。ミシュランの星を取ったシェフを引き抜けば、新しいレストランでも星を取れるかもしれない。しかし、そのシェフが辞めてしまえば振り出しに戻るし、店の数を増やせば料理の質が落ちるのが見えていた。現に、そういう店が多かったのである。

 立ち飲みのビストロや一杯飲み屋はどうであろうか?隠れた名店ではお客の「口コミ」が最大の武器で、ひとたびチェーン店化した途端、名店の魅力は色あせてしまう。ビッグビジネスを志向していた彼等にはどうも物足りない。

 高級路線で行くか、立ち飲み路線で行くのか、三人の議論が煮詰まった時、ふと坂本が呟いた。「では、高級店と立ち飲み店の両方を合体させましょう」坂本は自分の息子のような歳の部下にも丁寧な言葉を使う。

 安田と森野は仰天した。「それは難しいですよ」と口をそろえて反対した。それまで何ヶ月もかけて研究していた飲食店経営の常識に反するからである。

食材の高い原価率を顧客回転数で補う

 まず、原価率(食材費÷売上)が問題だった。業界の常識は「原価率は30%以下に抑えよ」である。高級料理を立ち飲み価格で提供するには原価率をどう考えても60%以上にしなければならない。

 ベテラン料理人である森野は愕然とした。「えっ、この人何を言っているの?」と思わず呟いてしまった。料理人は原価率を抑えることを厳しく教育される。与えられた食材の範囲内で工夫するのが優れた料理人だと森野はずっと思っていたのだ。

 ところが、安田の反応は違った。早速数字の辻褄合わせを始めた。安田は野村證券、スイスのUBS証券などの投資銀行を渡り歩いた金融のプロである。バンカー(投資銀行マンをこう呼ぶ)は「人ができないと思うところにチャンスがある」という思考パターンが身に付いている。

 例えば、アパレルのユニクロも、最初は業界常識ではあり得ない店舗だった。「そんなしっかりした質の商品をこんな低価格で提供できるはずがない」と初期段階で思った人は多かったはずだ。ユニクロ製品は低価格なのにファッション性も品質も優れている。これは、商品開発、中国での生産、国内外の流通、店舗管理を一体的に効率化したからこそ可能になった。こうして、彼等の「思い付き」は顧客回転数を高めることと業務フローを具体化することに進んで行ったのだ。

古本と中古ピアノとマックを結びつける

 坂本の過去の事業歴を辿ると、異分野のマッチングが得意なことが分かる。例えば、古本と「中古ピアノのクリーニング」とマクドナルドいう意味不明なマッチングである。

 1990年のある日のことである。横浜市の港南台の環状線沿いを車で走っていた時、坂本はショッピングセンターで黒山の人だかりを見つけた。それは40坪ぐらいの、コミックを中心とした古本屋だった。「流行っている、これだ」と坂本は直感した。これがリユース業界日本一に成長するブックオフの構想が閃いた瞬間であった。

 そうは言っても、坂本は新刊書の流通や古本のことを何も知らないことに気づいた。そこで、知り合いを通じて神田の古本屋に行き、教えを請うた。古本屋で浴びせられたのは、「そもそも古本販売チェーンなど成り立たないよ」という冷淡なコメントであった。「まずは古本組合に加盟しなければ仕入もできないよ」とも言われた。古本屋は皆、明治文学や芥川賞受賞作など、自分の「売り」を集めたいと思っている。ところが、数を集めるのは大変なので、古本組合に入って、店同士でお互い欲しい本を融通し合うシステムなのだ。「いかにも時間がかかりそうだ。これは自分が求めているものと違うな」と坂本は感じた。そこで、他の店と価値基準を変えることに決めた。

 古本屋の価値基準は「この本には希少価値がある」「帯があると高値になる」「著者サイン入りは価値がある」など素人の手に負えないものだが、これらは趣味の世界と言える。そこで、従来の古本屋と真逆で、内容の目利きなどせずに、本が「きれいかどうか」だけを価値基準にすることにした。希少本、絶対本などは評価せず、本がきれいかどうかだけで判断するのだ。これならアルバイトでも対応できる。

 価格設定、在庫管理以外に、ブックオフにとって必要なことは、古本をきれいに仕上げる手順の確立であった。最初は紙やすりで手垢を削るなど手作業が続いたが、途中であるメーカーと交渉して、専用の本の研磨器を開発した。「古本屋の工業化」など従来の常識では発想すらなかったことである。

 実は、古本をきれいにして売るアイディアは、坂本自身が以前手掛けていた中古ピアノの販売がヒントとなっている。中古ピアノを一般から仕入れてみると、ピアノは貴重品なのであまり弾いていない人が多く、調律が殆ど不要なことに坂本は気付いたのだ。ピアノの表面さえきれいに磨けばぐんと商品価値が高まったのである。

 また、業界の常識を破る「職人でなく素人でもできる業務フロー作り」は日本マクドナルドが参考にされた。研磨、在庫処分はパート・アルバイトでもできる。そのためには、オペレーションは素人でもできるよう、シンプルにしないと店が回らない。そこで、マニュアルの内容では定評がある日本マクドナルドのオペレーションを高い講習料を払って参考にして、徹底した自社マニュアル作りが行われた。

ブックオフの店舗レイアウトはマツキヨを参考にする

 異業種とのマッチングは他にもある。ブックオフの店舗デザインにおいて、坂本は徹底的に異業種を参考にした。対象はチェーンドラッグストア大手のマツモトキヨシ(マツキヨ)である。逆に、新刊書店は全く参考にしなかった。新刊書店の否定がブックオフの原点だからである。坂本は、「店を出すときに、新刊書の陳列方法は一切、参考にするな」と部下に指示した。むしろ、店頭の仕様を考える時、坂本はマツモトキヨシの店舗を参考にした。望遠鏡でマツキヨの店舗を遠くから観察し、足繁く店舗に通った。照度計を持って店内を歩き回り、顧客を集める照明セッティングの研究もした。どんな照明やディスプレイをすればお客が来るかを、マツキヨから学んだのだ。

 また、一般書店で本を買う時に感じる不便を解消するのがブックオフの理念である。例えば、一般書店では、文庫や新書は出版社別に並んでいるが、買う立場になれば、著者別やテーマ別に分けて陳列されている方が親切である。どうして著者別、テーマ別になっていないかというと、書店が、出版社ごとに文庫、新書の「スペース」を割り当てるという習慣があるからである。出版社はスペースを減らされたくなければ、粗製乱造でも、文庫や新書を沢山作らなければならない。これでは、お客にとっていい迷惑である。そこで、ブックオフは著者別、テーマ別の陳列をしている。

 違ったものをマッチングさせるということは、同業他社を参考にしないことでもある。坂本のこういった姿勢は俺のシリーズの店舗設計でも生かされている。

(文中敬称略。以下続く)

坂本孝(さかもとたかし)/1940年生まれ、山梨県甲府市出身。慶應義塾大学卒業後、数々のビジネスを立ち上げる。1991年、ブックオフを創業し、同社を東証一部企業に育てる。2012年俺の株式会社を設立し、社長に就任。「史上最年長IPO経営者」を目指している。

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『俺のイタリアン』を生んだ男-「異能の起業家」坂本孝の経営哲学(2):そのビジネスモデルの正体

俺のイタリアン』を生んだ男-「異能の起業家」坂本孝の経営哲学(2):そのビジネスモデルの正体


 前回、『俺のイタリアン』1号店が波乱の幕開けからどのような経緯を辿って軌道に乗ったかについてお話ししました。イタリアンの後、『俺のフレンチ』『俺の割烹』などと続く『俺のシリーズ』のビジネスモデルは総て共通しています。違いは、イタリアン、フレンチ、割烹といった扱う商品だけです。つまり、このビジネスは、商品を変えればいくらでも拡張性があるということです。今回は俺のシリーズの興味深いビジネスモデルについてお話します。

顧客回転数によって高級料理と低価格を両立させる

 俺のシリーズは「前代未聞」のビジネスである。「高級料理」「低価格」の両方を同時に成し遂げた店は他に存在しないからである。外食はビジネスなので、利益を出さなければならないのは当然である。そのためには、食材の質、シェフの腕前、手間、価格のどれかを犠牲にしないと成り立たない。デフレ経済の影響を受けて、長い間、お客は外食産業の低価格路線に慣れてきた。その一方で、パリやミラノで本場の三ツ星レストランを堪能したことがある日本人が増えているのも事実である。

 20年前であれば、グローバルレストラン市場での東京という街の評価は大したことはなかった。しかし、今では東京にミシュランの星を持つレストランが243店(2014年版による)もあり、三ツ星レストランの数ではパリを抜く「世界最高の美食の街」になっている。つまり、「安いが味はそこそこ」のレストランに飽き飽きしている人が多いのも事実である。この層が俺のシリーズのターゲットになった。

俺のシリーズの「ビジネスモデル」は次の3つの組み合わせで可能となった。


高級な食材に金を惜しまないこと(高い顧客満足)

ミシュランの星クラスの一流シェフを集めること(参入障壁)

立ち飲みにして高い顧客回転数を保つこと(スペース有効活用による経費率削減)

 『俺のシリーズ』のビジネスモデルは、高級食材をふんだんに使い、敢えてコストを高くした分を、お客の回転数(テーブルあたりの1日の顧客数)を高めて補うことである。

 飲食業界の経営指南書には、普通「食材費の売上に占める原価率は30%以内に抑えるべし」と書かれている。「50%以上になるとド素人、60%を超える店は潰れる」とも指摘されている。ところが、俺のシリーズの原価率は最低でも60%と高く、場合によっては100%を超えるメニューもある。原価率100%ということは、自分で食材を買いに行くより安いということだ。しかも、プロのシェフが料理をしてくれる。

 坂本等は、ミシュランの星を取っているシェフを前面に立てる戦略を取った。ミラノやパリの三ツ星レストランで修業した有名シェフ、高級割烹の総料理長クラスをスカウトして、料理の質で負けない体制を作ったのだ。飲食業界はそこら中「真似だらけ」である。アイディア満載の店を作っても、すぐに誰かが真似をする。したがって、この業界ではいかに参入障壁を作るかが重要である。シェフ集めは人材紹介会社を通じて行われたが、坂本は他社がこれからやろうと思っても追いつけないような時間とお金の使い方をしている。

 さらに、スペースの有効活用がこのビジネスのカギである。「グランメゾン」と呼ばれる高級レストランは6時頃に開店して、閉店の10時までお客は一組みしか取らないのが通常である。これに対して、俺のシリーズは同じスペースに高級店の3倍の数のお客を入れ、しかも一晩に3~4回も入れ替わってもらう。スペースをグランメゾンの9倍から12倍も有効活用していることになる。

 以上三つの戦略の組み合わせで、高級レストランに負けない豪華な料理を「居酒屋価格」で提供して、お客さんの支持を得ているのである。ビジネスモデルでキーワードとなるのは、「一流シェフの採用」と「顧客回転数」である、ここでは顧客回転数の威力について詳しく述べたい。

「安田理論」のカギとなる顧客回転数

 俺の株式会社には、副社長の安田道男の名前を冠した「安田理論」なるものがある。社員にとってバイブルになっているが、シンプルかつ説得力がある。

 ここに、2012年7月に「俺のフレンチEBISU」をオープンした時の損益シミュレーションがある(表1)。この店舗スペースで総て着席にすると22席しか取れない。客単価8,000円、顧客回転率0.75となった場合、原価率を17%まで下げて、やっとトントンである。回転数0.75というのは平均すると4分の1は空席という意味だから、現実的な前提であろう。1日の来店客数の想定は16.5人である。

 これが立ち席にすれば50席確保できる。客単価3000円、回転数2.5の場合、原価率が68%でも黒字である。さらに、回転数が4.0になれば、原価率が何と90%になっても黒字になる。想定来客数は200人となり、オール着席の12倍を超える。このように、顧客回転数の威力は凄まじく、回転数を高めれば、原価率が高くても黒字となり、お客さんに高級料理を手頃な値段で提供できるのだ。ただ、顧客回転数を高めるというのは、「言うは易し、行うは難し」である。何故なら、営業時間中にタイムリミットを設けてお客に席を交代してもらわなければならないからだ。この「タイムリミット」がポイントである。

いきなりメイン料理を食べるお客を店は歓迎する


 飲食店では、ラストオーダーになるまで普通お客を店から追い出そうとはしない。「飲み放題、2時間制」という強制的にお客を入れ替える大衆店もあるが、高級店では普通テーブルあたりお客は一晩一組だけである。ところが、時間制を取り入れることは飲食店の経営にとって極めて合理的な選択なのだ。それは、高級イタリアンのコースメニューの構成を見ればよく分かる。コースでは、まず前菜が二種類運ばれ、箸やすめのシャーベットが来て、その後、パスタかラザニア、メインの肉と魚が運ばれ、最後にチーズ、デザート、コーヒーという順番である。

 問題は各料理の単価である。単品で頼むとメインの料理は5,000円~7,000円、前菜が2,000円~3,000円、コーヒーは800円くらいである。ところが、コース料理が提供されている間の店の販売管理費はずっと同じだ。つまり、コース料理の中で店の利益が一番大きいのはお客さんがメイン料理を食べている時間帯で、お客がコーヒーを飲んでいる間は大赤字なのだ。しかも、コーヒーを飲みながらの雑談は長く、その分赤字の時間も長くなる。

 坂本のように気取ったレストランが好きではなく、「俺はコース料理が嫌いだ。いきなりメイン料理を食べたい」などという人は店にとって理想的なお客と言える。したがって、俺のシリーズでは坂本のような考えのお客を多く集めることが肝心だ。前菜とパスタだけで済ませて30分で帰る人もいれば、最初からステーキを注文する人もいる。コーヒーだけの「やたら長い赤字の時間帯」などこの店にはない。

(文中敬称略。次回に続く)

坂本孝(さかもとたかし)/1940年生まれ、山梨県甲府市出身。慶應義塾大学卒業後、数々のビジネスを立ち上げる。1991年、ブックオフを創業し、同社を東証一部企業に育てる。2012年俺の株式会社を設立し、社長に就任。「史上最年長IPO経営者」を目指している。

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