日本企業の知財を防衛する「元自衛官社長」-米国訴訟費用は削減できる:UBIC守本正宏社長(1)

投稿日2014/04/21

日本企業の知財を防衛する「元自衛官社長」-米国訴訟費用は削減できる:UBIC守本正宏社長(1)

 「リーガルテクノロジー」という一般には耳慣れないビジネスがあります。 近年日本企業の海外展開はごく当たり前になっていますが、同時に進出先の法制度に大きく影響されます。特に、「訴訟大国」米国では影響が甚大です

 企業が訴訟に直面すると、証拠を揃えなければなりません。従来、証拠といえば書類などの「紙」でしたが、IT化が進んだ現在は、証拠となる情報の大半がデジタル化されています。企業が保有するデータ量は毎年増加し続けており、弁護士だけでは証拠収集や整理ができなくなっています。そこで、米国では、大量のデジタル情報を解析し、訴訟や交渉に必要な証拠を抽出・整理する技術が発展を遂げてきました。これがリーガルテクノロジーと呼ばれる分野です。

 日本では未だアナログ資料による訴訟が中心で、リーガルテクノロジーが注目を集めることは少なかったのが実情ですが、海外で事業展開している企業にとっては他人ごとではありません。この分野で日本では数少ない専門企業が株式会社UBICです。2013年末、東京都港区の本社に、守本正宏社長を訪ねました。

リーガルテクノロジーと独立の決意

尾崎: 守本さんは防衛大学ご卒業後、海上自衛隊に任官され、米系のアプライドマテリアルズジャパンに転職されています。その後、2003年に独立してUBICを設立されるのですが、自衛隊からビジネス界に舵を切ったのは、どういうことがきっかけだったのでしょうか。

守本: 防衛大学校の先輩が日本の商社の米国法人社長をされていました。その方がリーガルテクノロジーに詳しい方で、何回かお話を聞いているうちに私も興味を持ちました。調べてみると、リーガルテクノロジーの専門企業は当時の日本にはなく、日本企業が海外で訴訟対応する際、大事な自社情報の解析を海外の専門企業に任せていることが分かりました。「日本企業の重要情報が海外に簡単に流れてしまっているのはおかしい」「日本にもリーガルテクノロジーが必要だ」と思ったのが起業のきっかけでした。
 この事業は会社勤めしながらやるのは無理だと思ったので、アプライドマテリアルズを辞め、起業しました。

尾崎: リーガルテクノロジーをやりたいという思いで独立を決意されたとのことですが、勤めていた企業が当時、日本法人の縮小を決定したとか……。それらの影響も少なからずあったのでしょうか?

守本: 確かにそういう面もありました。日本の半導体産業が衰退して、アプライドマテリアルズの日本法人も縮小傾向にあり、技術部門が米国本部に集約されるということも独立のきっかけの1つにはなりましたね。

尾崎: 私も米国企業で長く働いていたので、そういった経営のドライさはよく分かります。結果的にそのことが守本さんの背中を押したのですね。

守本: 当時の私にとって、ものづくりはずっと関わっていきたい仕事だったので、日本で開発の職場がなくなるのは痛手でした。米国で仕事しないかという話もあったのですが、日本人スタッフ全員を米国に連れて行くことは想定されていなかったので、そのお話は辞退しました。

企業と自衛隊の戦略は異なる

尾崎: 守本さんの最初の職場である自衛隊と民間企業との共通点や違いは何ですか?

守本: そうですね…。基本的な組織の構造だけを見るなら、両者には共通点もたくさんあります。違うのは同期の絆が強いところです。多くの企業、とくに大企業では同期の間でなんらかの出世競争がありますよね? ところが、自衛隊ではそれがないんです。勿論、私を含めて皆、ある程度の階級まで行きたいという思いはありましたが、ある時点から同期でこの人が出世するという暗黙の了解ができます。その後は皆がその人を応援するので同期の出世を妬むことはないです。これが、私が常に思っている企業と自衛隊の違いですね。

尾崎: なんでそうなっているんですか?

守本: それが自衛隊の伝統なんです。我々の同期だけでなくて、全部の世代がそうなんです。同期トップの人間が将来海幕長(海上幕僚長)や統幕議長(統合幕僚会議長)になれるようにみんなで応援しようという雰囲気があります。

尾崎: 企業で表面上そうなっているところも、あることはありますけど。

守本: 自衛隊ではそういった傾向が「表面的」ではないんです。皆が心からそう思っているという空気があります。同期のことを『クラス』と呼んで、伝統的に団結を守る社会でした。

尾崎: そういった組織は強いですよね。私が新入社員の頃、多くの日本企業にはそういう雰囲気があったと思います。経済・社会状況の変化によってやむなく変わってきましたが、日本企業はよく考えず米国企業の真似をして失敗したと思います。

守本: 「米国企業の真似」ということで思い出しましたが、米国企業は軍隊の考え方、組織の作り方、戦略を参考にしていると感じます。例えば戦略室のことを「ウォールーム」と呼び、組織の一部門を「ディビジョン」と呼びます。ディビジョンも元々軍隊用語です。

尾崎: 経営戦略理論の歴史は50年ぐらいですが、軍隊の理論を企業に応用したことから始まっています。その後、ハーバード大学が戦略論に力を入れ、マッキンゼーが企業向けパッケージを作って世の中に啓蒙したため普及しました。せいぜい1980年代以降ですから、軍隊のほうが企業よりずっと先輩ですね。

守本: そうですね。戦略論の要は相手をいかに効率的に倒すかということです。私は日本の会社に勤めたことがないのではっきりとは言い切れませんが、傍からは、軍隊の戦略を参考にしているようには見えません。マッキンゼーの戦略理論は活用しているかもしれませんが、軍隊的な戦略の立て方はされていないと思います。戦後の日本企業では元軍人の方達が経営者をされていましたが、変わってきたのでしょう。

尾崎: 軍隊の戦略ではなくマッキンゼー型戦略を輸入したことによって、何が違ったのでしょうか。

守本: 軍隊は「生きるか死ぬか」という世界で戦っています。企業が使う戦略はそういう部分を削ぎ落としているので、どうしても危機管理意識や「何が何でも生き残る」という感覚が少ないのではないかと思います。しかし、それで本当に世界と戦っていけるのか、と。例えば知財訴訟。日本の大手企業経営者たちの中にも、「特許なんて盗まれたら盗まれたでしょうがない。その時はもっと良いものを作ってやる」ということをおっしゃる方がいます。しかし、知的財産は国際ルールで守られているし、訴訟でちゃんと戦えば勝てるので、不合理な相手とは戦うべきなんです。

尾崎: 「海外での消耗戦は嫌いだ」などと言う人は確かにいます。

 世界市場の特許費用のコストはウナギ登りになっています。コストを押し上げているキーワードは「ディスカバリ」と「証拠のデジタル化」です。これらへの対応が遅れている日本企業は世界市場で不利な立場になります。

 米国の民事訴訟では「ディスカバリ」と呼ばれる非常に強力な証拠収集手段が設けられています。日本では十分に証拠を集めてから訴訟するかどうかを検討しますが、米国では順番が逆です。訴訟になれば、原告、被告とも主張立証に必要な証拠を可能な限り裁判所に提出しなければなりません。また、相手方に証言や証拠の開示を要求することができ、これを拒むことができません。この手続きがディスカバリです。

 また、社会のデジタル化によってディスカバリのコストは膨大になっています。デジタル化以前は証拠の殆どが紙の文書でしたが、最近はメールやドキュメントなど証拠の大半がデジタル化されています。紙の文書だけの時代より証拠の量が増え、分析が困難になっているのは既に述べたとおりです。これが、ディスカバリを取り巻く問題です。

世界の特許戦争で立場が弱い日本企業

守本: グローバルな特許訴訟は弱肉強食の世界です。戦略的に動かなければ、あっという間に知的財産は持って行かれてしまいます。「自ら戦おうとしない特許権者に対しては争いを仕掛けるのをやめましょう」なんて言う会社はグローバル市場にはありません。グローバルで活躍する日本企業の中にも、こういった「知財に関する認識」が甘い企業がありますが、英語でコミュニケーションを取れても、戦いに勝つという感覚が薄いのかなと感じます。
 我々が痛感していることは、日本企業は海外において非常に弱い立場で訴訟を戦わざるを得ない環境にあることです。例えば、ディスカバリを実行する際に日本企業に立ちはだかるのは言語の壁です。効率よく証拠を抽出するために、今までは資料の多くを日本語から英語に翻訳してから解析する必要がありました。しかし、たとえ英語に翻訳したとしても、日本語の技術用語をコンピュータ上で解析するのは非常に難しくてコストがかかります。結果的に訴訟費用が米国企業の約3倍にもなるのです。そして、このディスカバリの費用は訴訟費用の約7割を占めます。

尾崎: 訴訟費用の7割がディスカバリに消えるわけですね。

守本: そうです。よく「米国の弁護士費用は高い」と言われます。日本企業には、どこに一番お金がかかっているか知られていませんが、実は弁護士に支払う費用の多くがディスカバリにかかる費用なのです。米国の企業訴訟は大半が和解に持ち込まれ、判決まで行くのは全体の1%未満です。ですから、米国において「訴訟に勝つ」というのは、「自社に有利な条件で和解を成立させる」ということと同義なのです。
 有利な条件で和解を成立させるには、ディスカバリをうまく進めることが重要ですが、訴訟費用を払い続けることができなければ自分から和解を申し出ざるを得なくなり、結果的に不利な条件での和解交渉に応じざるを得なくなります。日本企業は米国企業の3倍の弁護士費用を払っているといわれていますから、例えば米国企業にとっては3年続けられる訴訟でも、日本企業は1年しか予算が続かない、ということになります。本来は勝てるはずの訴訟でも、これ以上は訴訟費用を支払えないという理由で和解することもあります。

尾崎: また、日本の経営者には「訴訟自体が嫌だ」「訴訟を抱えていると企業イメージが悪くなる」と考える人が少なくないですよね。

守本: はい。そういう背景から、多くの経営者が訴訟を直視しないようにしていると思います。極端な場合、米国訴訟では全部米国の弁護士に任せてしまい、あとは何もしないという企業もあります。本来、米国などに進出する際には、訴訟戦略は企業戦略や販売戦略、技術戦略と一体運営されるべきです。外交と軍事がバラバラな国が弱いように、訴訟戦略だけを切り離してグローバル市場に挑んでも、グローバルを戦い抜くことはできません。この問題を多くの人に知っていただき、日本企業が世界で対等に戦える側面支援をすることが我々の役割です。

 ディスカバリの重荷を感じている日本企業は少なくないはずです。ただ、そこには「米国の訴訟はお金がかかることが当たり前だ」という日本人の固定観念が存在します。守本さんはこの固定観念が問題であり、日本企業が払うコストを高くしていると指摘します。次回はこのテーマを深堀します。


守本 正宏(もりもと まさひろ)/1966 年大阪府生まれ。防衛大学校理工学部卒。海上自衛隊任官後、1995年アプライド マテリアルズジャパン株式会社入社。2003年に株式会社UBICを設立し、2007年東証マザーズに上場。2013年に米国NASDAQ上場。

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