『俺のイタリアン』を生んだ男-「異能の起業家」坂本孝の経営哲学(5)シェフ育成に何故10年もかかる?

投稿日2014/04/16

俺のイタリアン』を生んだ男-「異能の起業家」坂本孝の経営哲学(5)シェフ育成に何故10年もかかる

 坂本孝社長が創業したブックオフや俺のシリーズは、何れも前代見聞のビジネスです。前例や市場が存在しないビジネスを立ち上げることは壮大な実験と言えます。坂本さんは実験を通して、自分の仮説が正しいことを証明してきました。今もいくつかの実験に取り掛かっています。前回紹介した店舗にジャズバンドを入れることもその一つです。今回は、「20ヶ月で一人前の料理人を育成する」という興味深い実験をご紹介します。これはシェフの世界の常識への挑戦でもあります。


優秀なシェフの数は有限である

 日本のシェフの能力は世界的にも高く評価されている。欧州でも、ミシュランで星を取る店のナンバー2には日本人が大勢就いている。彼等の技術は繊細で、チームで料理を作る工程管理もできる。星の店とは無縁のシェフでも総じてレベルが高く、本場に行けば枢要な地位を掴めそうな実力者が多い。

 俺のシリーズは即戦力の優れたシェフを大勢雇ってきた。これからの課題は次世代のシェフを短期間で育てることである。そうでないと、シェフの数がすぐ限界に達し、出店もそこで終わってしまう。これが、坂本がシェフ育成という実験に取り掛かった背景である。

 現状、社内に約180人のシェフがいるが、そのうちキーマンはミシュランクラスの店で経験を持つ約30人である。このクラスの人はそう簡単には見つからない。ミシュランの星級のシェフは数に限りがあるのであれば、いつシェフの数は限界に達するのだろうか。

 試算することはできる。東京にはミシュランの星を持つ店が250店ある。一店舗あたりのキーマンが3人とすれば、合計750人である。これとは別に、現在星を持つ店では働いていないが実力的には同等のシェフが250人いるとすると、全体で合計1,000人ほどになる。

 つまり、1,000人のうち何割をスカウトできるかが、俺のシリーズにとって勝負になる。現在、星クラスのシェフが社内に約30人いるので、既に母集団の3%を雇ったことになる。創業して2年しか経っていないので、大健闘と言える。ただ、現在の3%を2割の200人を増やすには並大抵でない苦労が必要となる。

 俺のシリーズがシェフを探す基準は単なる料理の技術だけではない。チームプレーができないと会社全体が回らないので、人格やリーダーとなる素質などが必要となる。人材紹介業者から情報を得ても、独自の基準を通過しなければならないので、さらに採用は大変だ。

 仮に首尾よく200人雇うことができても、維持できる店舗数はせいぜい70が限界である。すなわち、母集団の1,000人はビッグビジネスを目指す彼等にとっては何とも物足りない数字なのだ。顧客回転数がキーであるこのビジネスモデルは、常に満席を想定した準備が必要で、客足に合わせて徐々に進めて行くことができない。必然的に現場にストレスがかかり、人材採用は自転車操業になる。人材の限界の問題は何としてでも解決しなければならない。

「一流シェフになるには10年かかる」というのは本当か?

 そこで、坂本達は「今まで誰も思いつかなかったプロジェクト」の実験に着手することにした。それは社内にシェフ育成のためのアカデミーを開設することだ。彼等は料理専門学校の卒業生を社員として大量採用し、何と20ヶ月で副料理長クラスまで育て上げる実験を開始した。人材不足を自前で少しでも解消することにしたのだ。この実験は坂本がよく発する「本質的な問い」のひとつである。

 料理人の世界では「先輩が後輩に教える」という文化はなく、「良いシェフになりたかったら技は盗んで覚えろ」ということが常識とされてきた。また、「一流のシェフになるには10年かかる」「庭掃除と皿洗いは3年ずつしなければならない」という不文律まである。

 したがって、社内のシェフたちの心境は複雑だった。ベテラン・中堅シェフは皆、「10年かけて修業する」ことで今の地位を掴んだからだ。特に、専務の森野の悩みは深かった。業界常識を破る坂本のアイディアを現場のシェフたちに分かり易い言葉で伝えることが彼の役割だからだ。

 森野によると、シェフの育成方法は今も昔も根本的には変わっていない。下積みによる人間形成は絶対必要である。ただ、皿洗いが料理人の「技量」として必要なのかは疑問がある。

 問題となっているのは「いかにシェフの人材不足を解消するか」である。「育成に10年かかるかどうか」は議論の本質と関係ないことだ。何が正しいかは実験で確認するしかない。料理人に葛藤がある時、坂本は企業理念の「利他主義」で乗り切るよう説得する。仲間や顧客のために汗を書くことが、結局、自分のため、会社のためになるという考え方である。

「俺の食アカデミーGINZA」という実験

 副料理長クラスのシェフを20ヶ月で育成する「俺の食アカデミーGINZA」とはどのようなものなのか?本社ビルの地下にアカデミーで使用されるテストキッチンなどのスペースがあり、2014年4月から約25名の新入社員を受けいれている。

 アカデミーの準備を担当したのは、執行役員の飯田夢崇である。「一流の料理人は一流の料理人を作る」がアカデミーのコンセプトである。施設は大まかなに次のような構成になっている。

*女性管理人が常駐する受付: その女性が生徒のカウンセラーを兼任する

*シャンデリア付き多目的スペース: 講習用の大型スクリーン、試食用のテーブルや椅子、料理やワインの専門書が並ぶ本棚がある。ゲス トを招いて会食もできる

*テストキッチン: フレンチ、イタリアン、和食、中華、天ぷらに必要な機材が揃っている。スチームコンベションオーブンなど最新の調理機器が揃い、天井にカメラがあり、講師の手元を映す

 
 アカデミーの期間は6ヶ月x3期+2ヶ月の合計20ヶ月である。生徒はフレンチ、イタリアン、和食のグループに分かれ、次の研修、実習を行う。

1 フランチャイズチェーン(FC)加盟店スタッフに対する研修: 料理、サービス、「経営理念」の指導

2 新商品開発: 新商品の試作、デモンストレーション、新店舗の準備

3 コンクールのトレーニング、試作: ボキューズ・ドール世界大会(2年に1回、フランスで開かれる世界最高峰の料理コンクール)金賞受賞者育成を目指す

4 ゲストのもてなし: 多目的スペースでの料理提供

5 新人以外の社員研修



 アカデミーの特徴は入社2年にならない新人の料理をメニュー化する点である。そんな店は他に存在しないだろう。アカデミーが社内で孤立せず、レストランの現場と連動するところが他の料理学校にない強みだと思われる。

 講義ではレシピの微妙な部分や、実際に見ないと伝わらない技術を伝える。飯田によると、仕込みでは、材料を均等な量集めて、均等に分けることが重要である。特に高級食材が多いので、わずかな量の違いが蓄積すれば大きなコストの違いにつながる。計量の仕方は感覚に依存するのではなく、理屈を知らなければならない。

 教育係は社内のシェフが務め、アカデミーで講義する社員とマンツーマンで現場教育する社員に分かれる。全講師の間でカリキュラムが共有されることが重要である。見事アカデミーを優秀な成績で卒業すれば、給料が同世代の料理人の倍になるケースもある。「技を盗め」というベテラン料理人の頭の中を解剖してマニュアル化すればどのようになるのか、実に興味深い実験である。

 飯田によると、20ヶ月で副料理長クラスに仕上げることは可能だが、そこから料理長になるには個人のクリエイティビティが必要となる。これは社内のアカデミーで教えることはできない。そこからは、あくまで個人のセンスの問題である。アカデミーの成否は俺のシリーズが今後ビッグビジネスに脱皮するか重要なカギを握っている。

(文中敬称略。次回に続く)

坂本孝(さかもとたかし)/1940年生まれ、山梨県甲府市出身。慶應義塾大学卒業後、数々のビジネスを立ち上げる。1991年、ブックオフを創業し、同社を東証一部企業に育てる。2012年俺の株式会社を設立し、社長に就任。「史上最年長IPO経営者」を目指している。

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