『俺のイタリアン』を生んだ男-「異能の起業家」坂本孝の経営哲学(4):絶滅危惧種ジャズライブで儲ける

投稿日2014/04/11

『俺のイタリアン』を生んだ男-「異能の起業家」坂本孝の経営哲学(4):絶滅危惧種ジャズライブで儲ける


俺のイタリアンや俺のフレンチでは、店内でジャズライブを演奏している店舗がいくつかあります。近年、国内のジャズライブは客足が激減しており、どこのライブハウスも苦しい経営を続けています。ところが、俺のシリーズ店内では、満員のお客が毎晩拍手喝さいしてくれ、熱気に満ちています。しかも、お客が払うミュージックチャージは、ひとりわずか300円なので敷居が高くない。ジャズライブを始めてまだ2年足らずの俺のシリーズは、今年中に何と日本最大のライブハウスになる予定なのです

ところで、ジャズライブはこの会社のビジネスモデルにとって邪魔な存在のはずです。何故なら、俺のシリーズは店舗面積あたりの顧客数を極限まで高めることを目指しているからです。バンドが占有するスペースには当然客席は置けず、その分売上を失います。しかも、ひとりあたり300円のミュージックチャージしか取ることができません。坂本社長がジャズ導入を思いついた時、社内は反対意見一色でした。外部の人達はジャズを宣伝広告のための必要経費だろうと見ていました。

 ところが、ジャズは意外にも利益率が高いビジネスになったのです。単なる客寄せのツールではありませんでした。この状況を理解するキーワードはジャズの「レバレッジ効果」です。

絶滅危惧種「ジャズライブ」

 坂本は大学時代にグリークラブに所属して、元々音楽が好きだった。そして、若い頃から足しげくジャズクラブに通った。長年、ジャズクラブや歌手を観察して、坂本は驚きの決断をした。店内でジャズライブ演奏をするというのである。今まで聞いたことがない取り組みだ。しかも、俺のイタリアン1号店オープンからわずか10ヶ月後のことである。店をどう回して行くか汲々としていた時である。

 まず、ジャズミュージシャン三名が社員として採用された。ミュージシャンを正社員にしているレストランは日本では他に例がないと思われる。2014年7月にはジャズを演奏する店舗が7店、ミュージシャン300名になる予定だ。こうなると、名実ともに「日本最大のライブハウス」になるというから驚きである。構想からわずか2年で日本一になるのだ。

 ジャズライブは凋落著しい。ジャズ・フュージョンの国内アーティストによる2013年の観客動員数は約3万2,000人である。2004年の22万2,000人と比較すると、何と86%も激減している(一般社団法人コンサートプロモーターズ協会による)。もはや「絶滅危惧種」と言って良い。当然、ライブハウスの経営は厳しい。一般的にはほぼ無名ミュージシャンの演奏でも、お客は3,000円から5,000円のミュージックチャージを取られる。飲食代を合わせると、ひとり一万円ぐらいになってしまう。この料金だとなかなかお客が集まらないので、ミュージシャンにはノルマがある。友人、知人を自分のライブに連れて来なければならないのだ。

 ミュージシャンたちは一生懸命演奏しているのだが、これでは日本のジャズ文化が廃れてしまう。坂本は「何とかしたい」と考えた。俺のシリーズではお客が払うミュージックチャージはひとり300円だけで、ミュージシャンにお客を連れてくるノルマはない。しかも、ちゃんとギャラが貰え、店内でファンができるかもしれないのだ。ミュージシャンにとっては夢のような境遇である。

 ジャズの導入には社内で当初、猛烈な反対があった。「ジャズを目の敵にした」支配人もいたほどだ。この反対はもっともである。ジャズバンドを入れなければ、3つも4つも追加でテーブルを置くことができる。一日50人のお客を失う計算だ。店舗あたりの顧客数を少しでも増やそうと爪に火をともすような努力をしているのに、何故、ジャズバンドなどを置くのか?

 反対する社員の意見を坂本はじっと聞いた。坂本は「どれだけ参入障壁を作るかが大事です。ジャズとのコラボは成功すると思いますよ」と部下を静かに説得した。坂本は部下に対して感情的になることは殆どなく、自らに反対意見を述べる部下を前にしたこの日もいつもと同じであった。

 そして、次の週には「もう、入れたから」という坂本のさらっとした言葉とともに、店内にピアノが搬入されていた。ジャズの位置付けについて、坂本は「レストランでは食事が主役、BGMはわき役という思い込みがあります。生の演奏の素晴らしさが分かればまったく違うのです」と語る。

「レバレッジ効果」の威力

 ただ、ジャズはやはり観客が減り続ける衰退市場である。ジャズは飽くまでBGMであり、人を集める手段ではないと考えるのが常識である。周囲はジャズのことを「社長の道楽」と解釈した。ところが、ジャズは道楽ではなく、貴重な戦力となったのだ。驚くことに、ジャズはテーブルを置くよりも高い利益を実現した。

 『俺のフレンチ・イタリアンAOYAMA』の場合、一日約500人の来客があるが、そのうち380人のお客が300円のミュージックチャージを払う。これで月間約350万円の売上になる。ミュージシャンへのギャラを一人一日1万円とすれば、4人が演奏して月120万円の支払いである。つまり粗利益は月230万円、年間2,760万円となる。利益率5%とすれば、3,000万円の利益は6億円の料理売上に相当する。青山店の予想売上が7億円なので、驚くべき高利益率ビジネスである。実は、ジャズは店の規模が大きくなるほど、「レバレッジ効果」(てこの効果)が大きいビジネスなのだ。

 レバレッジ効果とは何か。変動費と固定費の利益に与える影響が異なり、売上が大きくなるとその差が大きくなることを意味する。

 料理を提供する場合、主に食材費が売上に連動する変動費となる。これにプラスして、人件費、家賃、光熱費など売上に連動しない固定費もかかるが、料理のコストは変動費の比率が大きい。つまり、料理は大量に作っても利益率は大して変わらないことになる。これに対して、ジャズの売上にかかるのはほぼ固定費(ギャラ)のみである。ミュージックチャージの売上は客数に比例して増えるのに、ミュージシャンに払うギャラはお客がひとりでも500人でも同じ金額だからである。お客の数が増えれば、料理と違ってジャズの利益率は飛躍的に高まるのだ。

 ジャズから大きな利益が上がれば、その分食材を贅沢にして原価率をさらに上げることができる。フード⇒ジャズ⇒フードの好循環である。これが、ジャズが貴重な戦略となった中味である。副社長の安田は「うまく行けば食材原価率100%でも店は黒字を出すことができます」と語る。これが、ジャズのレバレッジ効果である。お客さんの席を削ってジャズのスペースを割いたことは大成功だったと言える。

坂本孝(さかもとたかし)/1940年生まれ、山梨県甲府市出身。慶應義塾大学卒業後、数々のビジネスを立ち上げる。1991年、ブックオフを創業し、同社を東証一部企業に育てる。2012年俺の株式会社を設立し、社長に就任。「史上最年長IPO経営者」を目指している。

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