『俺のイタリアン』を生んだ男-「異能の起業家」坂本孝の経営哲学(3):異分野をマッチングさせる能力

投稿日2014/04/09

俺のイタリアン』を生んだ男-「異能の起業家」坂本孝の経営哲学(3):異分野をマッチングさせる能力

 坂本孝社長の経営哲学第三回です。前回は『俺のイタリアン』に始まる『俺のシリーズ』のビジネスモデルがどのようなものかお話ししました。今回は、何故このような業界常識を破るアイディアが生まれたのかをお話します。背景には、一見全く違ったものをマッチングさせる発想がありました。この姿勢は坂本社長が古本チェーンのブックオフを立ち上げた時から一貫しています。

「ミシュラン星付きレストラン」と「立ち飲み居酒屋」のマッチング

 俺のシリーズは「ミシュラン星付きレストラン」と「立ち飲み居酒屋」という一見まったく無関係なものを合体させるところから生まれた(図1)。ところが、この構想は当初外部からの評判は良くなかった。クリエイターのエージェンシー事業を行うクリーク・アンド・リバー社社長の井川幸広は、数年前、一号店がまだオープンしていなかった時に坂本と会食した。「立ち食い高級フレンチ」の構想を聞いた井川は「さすがの坂本さんも『ちょっとお年を召されたのかな』と思った」と述懐する。

 構想を練るために、社長の坂本孝、副社長の安田道男、専務の森野忠則の三人は市場調査と称して色々な店を食べ歩いた。看板は有名なのだが料理やサービスが今ひとつの店、料理は美味しいのだがプライベートでは手が出ない程値段が高い店など様々だった。

 調査を続けているうちに、三人は「この過当競争で不況の時代でも流行っている店が二種類ある」ことに気付いた。ひとつは「ミシュランの星を取る高級店」、もうひとつは「美味しい料理を安い値段で出す立ち飲みの名店」であった。

 どうやら、この二つのカテゴリーが狙い目であった。ところが、中々決め手がない。ミシュランの星を取ったシェフを引き抜けば、新しいレストランでも星を取れるかもしれない。しかし、そのシェフが辞めてしまえば振り出しに戻るし、店の数を増やせば料理の質が落ちるのが見えていた。現に、そういう店が多かったのである。

 立ち飲みのビストロや一杯飲み屋はどうであろうか?隠れた名店ではお客の「口コミ」が最大の武器で、ひとたびチェーン店化した途端、名店の魅力は色あせてしまう。ビッグビジネスを志向していた彼等にはどうも物足りない。

 高級路線で行くか、立ち飲み路線で行くのか、三人の議論が煮詰まった時、ふと坂本が呟いた。「では、高級店と立ち飲み店の両方を合体させましょう」坂本は自分の息子のような歳の部下にも丁寧な言葉を使う。

 安田と森野は仰天した。「それは難しいですよ」と口をそろえて反対した。それまで何ヶ月もかけて研究していた飲食店経営の常識に反するからである。

食材の高い原価率を顧客回転数で補う

 まず、原価率(食材費÷売上)が問題だった。業界の常識は「原価率は30%以下に抑えよ」である。高級料理を立ち飲み価格で提供するには原価率をどう考えても60%以上にしなければならない。

 ベテラン料理人である森野は愕然とした。「えっ、この人何を言っているの?」と思わず呟いてしまった。料理人は原価率を抑えることを厳しく教育される。与えられた食材の範囲内で工夫するのが優れた料理人だと森野はずっと思っていたのだ。

 ところが、安田の反応は違った。早速数字の辻褄合わせを始めた。安田は野村證券、スイスのUBS証券などの投資銀行を渡り歩いた金融のプロである。バンカー(投資銀行マンをこう呼ぶ)は「人ができないと思うところにチャンスがある」という思考パターンが身に付いている。

 例えば、アパレルのユニクロも、最初は業界常識ではあり得ない店舗だった。「そんなしっかりした質の商品をこんな低価格で提供できるはずがない」と初期段階で思った人は多かったはずだ。ユニクロ製品は低価格なのにファッション性も品質も優れている。これは、商品開発、中国での生産、国内外の流通、店舗管理を一体的に効率化したからこそ可能になった。こうして、彼等の「思い付き」は顧客回転数を高めることと業務フローを具体化することに進んで行ったのだ。

古本と中古ピアノとマックを結びつける

 坂本の過去の事業歴を辿ると、異分野のマッチングが得意なことが分かる。例えば、古本と「中古ピアノのクリーニング」とマクドナルドいう意味不明なマッチングである。

 1990年のある日のことである。横浜市の港南台の環状線沿いを車で走っていた時、坂本はショッピングセンターで黒山の人だかりを見つけた。それは40坪ぐらいの、コミックを中心とした古本屋だった。「流行っている、これだ」と坂本は直感した。これがリユース業界日本一に成長するブックオフの構想が閃いた瞬間であった。

 そうは言っても、坂本は新刊書の流通や古本のことを何も知らないことに気づいた。そこで、知り合いを通じて神田の古本屋に行き、教えを請うた。古本屋で浴びせられたのは、「そもそも古本販売チェーンなど成り立たないよ」という冷淡なコメントであった。「まずは古本組合に加盟しなければ仕入もできないよ」とも言われた。古本屋は皆、明治文学や芥川賞受賞作など、自分の「売り」を集めたいと思っている。ところが、数を集めるのは大変なので、古本組合に入って、店同士でお互い欲しい本を融通し合うシステムなのだ。「いかにも時間がかかりそうだ。これは自分が求めているものと違うな」と坂本は感じた。そこで、他の店と価値基準を変えることに決めた。

 古本屋の価値基準は「この本には希少価値がある」「帯があると高値になる」「著者サイン入りは価値がある」など素人の手に負えないものだが、これらは趣味の世界と言える。そこで、従来の古本屋と真逆で、内容の目利きなどせずに、本が「きれいかどうか」だけを価値基準にすることにした。希少本、絶対本などは評価せず、本がきれいかどうかだけで判断するのだ。これならアルバイトでも対応できる。

 価格設定、在庫管理以外に、ブックオフにとって必要なことは、古本をきれいに仕上げる手順の確立であった。最初は紙やすりで手垢を削るなど手作業が続いたが、途中であるメーカーと交渉して、専用の本の研磨器を開発した。「古本屋の工業化」など従来の常識では発想すらなかったことである。

 実は、古本をきれいにして売るアイディアは、坂本自身が以前手掛けていた中古ピアノの販売がヒントとなっている。中古ピアノを一般から仕入れてみると、ピアノは貴重品なのであまり弾いていない人が多く、調律が殆ど不要なことに坂本は気付いたのだ。ピアノの表面さえきれいに磨けばぐんと商品価値が高まったのである。

 また、業界の常識を破る「職人でなく素人でもできる業務フロー作り」は日本マクドナルドが参考にされた。研磨、在庫処分はパート・アルバイトでもできる。そのためには、オペレーションは素人でもできるよう、シンプルにしないと店が回らない。そこで、マニュアルの内容では定評がある日本マクドナルドのオペレーションを高い講習料を払って参考にして、徹底した自社マニュアル作りが行われた。

ブックオフの店舗レイアウトはマツキヨを参考にする

 異業種とのマッチングは他にもある。ブックオフの店舗デザインにおいて、坂本は徹底的に異業種を参考にした。対象はチェーンドラッグストア大手のマツモトキヨシ(マツキヨ)である。逆に、新刊書店は全く参考にしなかった。新刊書店の否定がブックオフの原点だからである。坂本は、「店を出すときに、新刊書の陳列方法は一切、参考にするな」と部下に指示した。むしろ、店頭の仕様を考える時、坂本はマツモトキヨシの店舗を参考にした。望遠鏡でマツキヨの店舗を遠くから観察し、足繁く店舗に通った。照度計を持って店内を歩き回り、顧客を集める照明セッティングの研究もした。どんな照明やディスプレイをすればお客が来るかを、マツキヨから学んだのだ。

 また、一般書店で本を買う時に感じる不便を解消するのがブックオフの理念である。例えば、一般書店では、文庫や新書は出版社別に並んでいるが、買う立場になれば、著者別やテーマ別に分けて陳列されている方が親切である。どうして著者別、テーマ別になっていないかというと、書店が、出版社ごとに文庫、新書の「スペース」を割り当てるという習慣があるからである。出版社はスペースを減らされたくなければ、粗製乱造でも、文庫や新書を沢山作らなければならない。これでは、お客にとっていい迷惑である。そこで、ブックオフは著者別、テーマ別の陳列をしている。

 違ったものをマッチングさせるということは、同業他社を参考にしないことでもある。坂本のこういった姿勢は俺のシリーズの店舗設計でも生かされている。

(文中敬称略。以下続く)

坂本孝(さかもとたかし)/1940年生まれ、山梨県甲府市出身。慶應義塾大学卒業後、数々のビジネスを立ち上げる。1991年、ブックオフを創業し、同社を東証一部企業に育てる。2012年俺の株式会社を設立し、社長に就任。「史上最年長IPO経営者」を目指している。

Copyright©2014 Hiroyuki Ozaki. All Rights Reserved.


コメントは停止中です。