『俺のイタリアン』を生んだ男-「異能の起業家」坂本孝の経営哲学(1):「前代未聞」のビジネスとは

投稿日2014/04/01

俺のイタリアン』を生んだ男-「異能の起業家」坂本孝の経営哲学(1):「前代未聞」のビジネスとは

 今回から短期集中連載を始めます。『俺のイタリアン』『俺のフレンチ』『俺の割烹』などの『俺のシリーズ』レストランを経営して外食業界に革命を起こしている『俺の株式会社』坂本孝社長のビジネスモデルと経営哲学がテーマです。まず、第一回は同社が世間の注目を浴びるキッカケとなった『俺のイタリアン』1号店のオープン秘話について書きます。

「前代未聞」の『俺のイタリアン』1号店

 2011年秋、「前代見聞」のビジネスが誕生した。東京のJR新橋駅。烏森口を出ると、有名な通称『SL広場』がある。夕方になると、飲み会待ち合わせのサラリーマンでごった返す場所だ。

 そのSL広場から数ブロック南に歩いた先の道に面しているのが『俺のイタリアン』1号店である。開店の午後4時前からお客が並び出し、脇の路地沿いに隣のブロックまで行列が伸びることも珍しくない。店の外観はオレンジ色で、シェフやソムリエを紹介する写真付き大型パネルが目を引く。内装はバーをいかにも居抜きで改装したという風情で、カウンターと丸テーブルの立ち席のみである。店内はお客や店員がすれ違うことが難しいほど狭い。

 ところが、この空間では、お客が皆満足そうに食事をしている。オマール海老、ステーキのフォアグラ乗せといった高級な食材をふんだんに使った料理が、普通の高級レストランの4分の1程度の値段で食べることができるからだ。『俺の泡』と銘打った日替わり高級シャンパンは大きなグラスに溢れんばかりに注がれる。お勘定すると、ひとり4,000円で十分にお釣りが来る。

 高級レストランに行けば、俺のイタリアンと同じレベルの料理が、ひとり2~3万円以上する。ファミリーレストランに行けば値段は安いが、味は遠く及ばない。ところが、俺のイタリアンは、「高級料理」「低価格」という同時に実現するはずがないものが両立している。立ち飲みの時間制で、スペースあたりの顧客回転数を高くして、贅沢にかけた食材費をカバーしている。今までの業界常識ではあり得なかった店である。

波乱の幕開けと無鉄砲な売上目標


 実は俺のイタリアン1号店は波乱の幕開けだった。オープニングが台風の日にあたったのである。そもそも彼等の売上目標は無鉄砲だった。『俺の株式会社』社長の坂本孝、副社長の安田道男、専務の森野忠則は、開店前に坂本旧知の新橋飲食店のオーナーに教えを乞いに行った。その飲食店オーナーは一言「新橋で17坪の店ならば、どんなに頑張っても月400万円の売上が限度だよ。とにかく食材の原価を低くして、うまくやらなければダメだ」と切り捨てた。実は、坂本たちの売上目標は月800万円だったのだ。オーナー氏が言う「限度」とは2倍の開きがある。

 坂本たちが1号店のために新橋を選んだのは、「新橋神話」なるものに期待したからだ。銀座と違い、新橋はサラリーマンが身銭を切って利用する店が主なので、不況の影響を受け難いとされている。その新橋でも月800万円の目標は無謀であった。

 蓋を開けてみると、当初二ヶ月は月600~700万円が精一杯だった。思ったより健闘したように見えるが、食材の原価が高いので、売上が800万円ないと赤字になる。

誤算の連続

 開店すると、売上以外も誤算の連続だった。料理の準備は完璧に進めたつもりだったが、気が付くとワインを仕入れてお客に勧めるソムリエの採用が間に合っていなかった。そこで、坂本、安田、森野の「ワイン素人トリオ」が、ずらーっと並べたボトルを片っ端から飲んで美味しそうなものを選ぶという荒っぽい手法を取った。俄かソムリエが、17坪の狭い店に、ワインを100種類も揃えたのだ。

 キッチンが驚くほど狭いのも難題だった。わずか2畳ほどのスペースしなかなく、シェフ三人で満杯になった。出入り口は屈まないと入れないような狭さで、体中に油の匂いが染み込み、エアコンの効きも悪かった。コンロは家庭用コンロより少しましなもので、三つのうち二つしか使えなかった。もうひとつはパスタ用に占領されていたからだ。高級店の設備に慣れたシェフたちには、信じられないほど劣悪な環境であった。

 お客の反応も最初は芳しくなかった。値段が安いところを見て、「どうせ、安かろう、悪かろうの料理だろう」と思われ、料理の豪華さと値うちが、簡単には伝わらなかったのだ。無理もない。値段が安いだけの店なら、新橋にはいくらでもある。

リピーター、口コミ客が増え潮目が変わった

 お客が思ったほど入らず意気消沈するスタッフに対して、坂本は「三ヶ月は我慢だ」と繰り返した。外食の世界は流行り廃れが早く、「三ヶ月一昔」という格言がある。したがって、三ヶ月経てば成果も出るはずだし、軌道に乗れば、流行りを超越できる。そして、状況は予想以上に早く良くなった。スタッフは「潮目が変わったのは開店一ヶ月半後でした」と語る。

 まず、週に3~4回も来てくれるリピーターが増えだした。顔なじみが増え、店員も声をかけて、メニューやサービスに関するアドバイスを貰いやすくなった。同時に、レストラン評価サイト「食べログ」の評価指標が上がった。当時、5点満点の3.5を超えれば、「満足度が非常に高い店」とみなされていた。今はやらせ問題の影響などで食べログへの信頼度は下がったが、2011年当時は違った。

 店の雰囲気も変わり、開店三ヶ月目に入るとテレビ取材クルーの訪問が増えた。店がお願いしたテレビ取材の効果は単発に終わるが、局に頼まれた取材は宣伝費ゼロで、効果てきめんであった。テレビクルーが料理よりも行列を撮ったこともインパクトがあった。

 売上は、三ヶ月目に目標の800万円を上回る約1,000万円となり、単月で黒字化した。2013年末の月間売上高は何と2,000万円である。スタッフにとっては不安だらけのスタートだった1号店だが、この店が失敗したならば、『俺のシリーズ』の現在もなかったかもしれない。その後、俺のシリーズの出店は続き、1号店の開店から2年半で、銀座、新橋を中心に合計21店舗(2014年3月現在)に達している。坂本は、「タクシーで一号店の横を通り過ぎるたびに、今でも手を合わせて拝むんです」と語る。

 ところで、『俺の・・・』という冠は社内の会議で生まれた。坂本はローマ字の店名がまったく覚えられないし、敷居が高いと思われるのが嫌だったので、「日本っぽい名前」が良いと思っていた。すると、安田が「『俺のイタリアン』はどうですか」と言い出したので、坂本は即決した。何を売っているか分かりやすいし、泥臭さがある。坂本の心情に合った。

二つのビッグビジネスをゼロから立ち上げる

 俺のシリーズを立ち上げた社長の坂本孝は中古本販売チェーン『ブックオフ』の創業者でもある。考えてみれば、ブックオフも前代未聞のビジネスだった。

 古本屋はどこに行ってもカビ臭くて暗く、愛想が悪い親父が店番をして、専門書、名著に特化した「マニアの場所」であった。ところが、ブックオフは店内が明るく、綺麗で、比較的新しい書籍が揃っている。価格は新刊書店の半額以下である。それまで世の中に存在しない価値を提供したことは俺のシリーズと共通している。

 ブックオフは売上766億7,000万円(2013年3月期)のビッグビジネスに成長した。俺のシリーズはオープン2年で売上が30億円前後に達し、これから外食業界のビッグビジネスになることは確実である。坂本は、「古本販売チェーン」と「高級立ち飲み居酒屋チェーン」という互いに共通点が殆どないビジネスを異なる時期にゼロから立ち上げた。しかも、二つともビッグビジネスに仕上げたのだ。これは稀有な実績である。

 起業家が新規ビジネスを始める時、自社の「コアビジネス」から離れないことが鉄則である。例えば、外食企業は提供する料理を変えることはあっても、コアビジネスである「料理サービス」からは離れない。モノ作りに進出する場合もあるが、食品や食器など本業の補完が目的である。ブックオフのようなリユース事業は、扱う商品が本から玩具、日用雑貨などに拡張することはあっても、コアである「リユース品販売」から離れないものだ。全く新しい事業に進出することはリスクが高いことを、起業家は皆よく知っている。家電、イーコマース、衣料など他業界を見てもこの原則は変わらない。

 米国では「シリアル・アントレプレナー」と呼ばれる、ベンチャーを何度も立ちあげ、ビッグビジネスに持って行く起業家は結構多い。しかし、日本では、そういった人は例外的である。ソフトバンク社長の孫正義、京セラ創業者の稲盛和夫などごく少数の例外に限られる。

 ソフトバンクは、パソコンソフト販売、デジタル展示会運営、インターネット検索、ブロードバンド通信、モバイル通信と本業が様変わりしてきたが、総てがビッグビジネスになった。日本市場では限界に達したので、今は米国市場に本格参入している。

 稲盛は京セラを町工場から世界的な企業に育て、第二電電(現KDDI)をゼロから立ち上げ、NTTやドコモに迫る大通信企業に仕上げた。彼が経営破綻した日本航空(JAL)のCEOとして三顧の礼で迎え入れられたのは、その実績が評価されたからに他ならない。

 私は、二つの関連しない事業を各々ゼロから立ち上げビッグビジネスに導いた、坂本孝という「異能の経営者」に強い関心を持った。2013年の夏から俺の株式会社の経営陣、管理部門、シェフ、ソムリエ、ホール担当者などの社内スタッフ、取引先企業の経営者、ブックオフ時代から坂本を知る人達、故郷山梨時代を知る人、坂本の学生時代の同級生など約30名から話を聞いた。そこで浮かび上がってきたのは、類まれな坂本のアイディアマンぶりと経営哲学に対するこだわりである。

(文中敬称略。次回に続く)


坂本孝(さかもとたかし)/1940年生まれ、山梨県甲府市出身。慶應義塾大学卒業後、数々のビジネスを立ち上げる。1991年、ブックオフを創業し、同社を東証一部上場企業に育てる。2012年俺の株式会社を設立し、社長に就任。「史上最年長IPO経営者」を目指している。

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