71歳の起業家は独自の調理器を武器にステーキ世界戦略を構築:ペッパーフードサービス一瀬邦夫社長(2)

投稿日2013/12/13

71歳の起業家は独自の調理器を武器にステーキ世界戦略を構築:ペッパーフードサービス一瀬邦夫社長(2


 前回、ステーキレストランを4店舗まで増やして、経営危機に陥った話を一瀬さんにお聞きしました。社員の人心が離れたこともありますが、1990年頃、「フォルクス」などの大手ステーキチェーン店の存在が脅威になっていました。
 当時、牛肉の輸入自由化や円高によって、牛肉の仕入値が下がり、大手ステーキチェーンが価格を引き下げたのです。値下げ競争になれば、小規模レストランには勝ち目がありません。 
 巨大資本と価格競争するなら、彼等にない「独自のシステムを開発」するしかありませんでした。独自のシステムとは、プロのコックが不要の「素人でもスグに料理ができるシステム」です。試行錯誤するなかで、プロがステーキを焼く温度、時間を忠実に再現できる機器の開発に一瀬さんは成功しました。それが「電磁調理器」と「特殊鉄皿」で、これらの特許も取得しています。ペッパーフードサービスが世界で250店舗以上を展開する「ペッパーランチ」の原点です。
 プロの調理人の採用、育成は簡単には進みません。これが他店舗化のネックになります。そこで、一瀬さんは自分の長年の知識・ノウハウを生かし、「プロがいなくてもプロのような料理」を提供することにこだわりました。ペッパーランチでは、何と680円のステーキメニューがあります。この価格なら大手でも太刀打ちできません。
 ペッパーランチの店舗では、お客さんが自分で肉を調理します。260度の鉄板にのせたビーフがジュウジュウと焼けるのを見ながら、お客さんは自分の好みで食べます。「電磁調理器」と「特殊鉄皿」があるので、調理といっても大した手間ではないのです。むしろ、お客さんは味だけでなく、目や耳で楽しむこともできます。
 ただ、誰もやったことがないこのシステムがうまく店頭で機能することの確認が必要でした。ペッパーランチの一号店が神奈川県大船市にオープンしたのは、1994年7月のことです。初日、何と「ステーキ340円」の半額セールを実施し、500人が来店して、17万円以上を売り上げました。

FCによる多店舗展開ができた理由

一瀬: 自分のそれまでの行動を反省しただけでなく、温めていた事業構想を説明したことも重要でした。そのときはもうペッパーランチの構想もありました。

尾崎: それまで四店舗直営をされていたところから、フランチャイズチェーン(FC)による多店舗展開を始めたわけですから、大きな方向転換ですね。

一瀬: 実はその時より結構前から多店舗化したかったのです。FC経営の研修会にも参加していました。そこには、全国から地元では名前の通ったレストランの親父が来ていました。皆、勉強の成果が出るのですが、私だけ全然成果が出ずに、多店舗展開に進まないのです。
 他の人達は素直な気持ちで講師の話を聞いていました。私にはコックとしての自負があり、人のモノマネなんかしたくないというプライドがビジネス拡大の障害になっていたわけです。
 従業員ひとり育てるのに3年から5年かかりますから、こだわりが強いと多店舗化できません。しかし、この殻を破って技能をマニュアル化した設備、機器を開発すれば、上手く行くのではないかという発想の転換が出来つつありました。これがペッパーランチの構想です。当時(1990年ころ)、神田に立ち食いステーキがあったことを覚えていませんか?

尾崎: バブルのころですか。あまり記憶にありません。

一瀬: 「食いしん坊」という名前の会社がやっていた、たった一店舗のレストランでした。立ち食いステーキが珍しくて、当時盛んに報道されました。「これは先こされちゃった」と私は焦り、集中して考えた構想がペッパーランチでした。
 ただ、失敗だったのは、この構想はFC向きだということで、最初からFCを募集したことでした。実は、自分で出店するお金がなかったからなのです。まずはノウハウを直営店で構築して、その後FCを募集するべきですよね。当時はそんなことも構わない、怖いもの知らずのやり方でした。

尾崎: FC実現のためには一瀬さんのようなベテランコックがいなくても、美味しい料理を提供する必要があります。御社特製の電磁調理器と特殊鉄板がそれを可能にしたと思います。このアイディアはご自分で考えられたのですか?

一瀬: 自分で考えたものです。良いステーキを焼くためには、質が良い肉を使うのは当然ですが、加熱する時間、温度を管理しなければならない。時間と温度の管理には経験が必要ですが、その管理を電磁調理器と鉄板がやってくれれば、誰でも名コックと同じ料理が作れるわけです。

尾崎: 一瀬さんは料理のプロですが、調理器具の開発もご自分でされたのですね。もともとモノ作りがお好きだったんですか?

一瀬: この鉄板を使って、調理したらどうかというアイディアをお持ちの方が名古屋にいらしたんです。ところが、鉄板を色々な店に販売しても、長続きしませんでした。「素人でも料理できる魔法の鉄板」という宣伝方法が問題だったと思います。確かに鉄板は良いかもしれませんが、食材の選び方、お客さんに出すタイミングの測り方など、素人にうまくできるはずがありません。逆に、経験を積んだコックにやらせようとしても「食材を鉄板に乗せるだけなど、プロのコックの仕事じゃない」と怒ってしまう。
 私の会社では、プロのコック達にこれを使わせました。彼らに、「この調理器具を使うことによって、他の料理をもっとスピーディーに提供できるし、質が高い料理を開発することもできる。是非導入するべきだ」「お客さんが生の食材を見て、自分で焼いて食べる。こんなエキサイティングなものはないんだ」と言って毅然と説得しました。

尾崎: 商品開発は順調でしたか?

一瀬: 高出力電磁調理器を日本で最初に使ったのは私なんです。電磁調理器の上に鉄皿を乗せると、1分10秒ぐらいで焼き上がります。これなら誰でもできそうだと思いがちですが、そうではありません。忙しい時間帯や寒い冬には鉄板は冷たくなっています。逆に、お客さんが召し上がって洗浄機にかけた直後は、手で持てないくらい熱くなっています。つまり、条件によって鉄板の温度は60~70度も変わるわけです。これを無視して1分10秒という調理時間だけ一緒にしたら、当然焼き過ぎ、焼き不足が起きます。
 プロのコックは自分で判断して加減できますが、アルバイトにはそんなこと無理です。そこで、鉄板が指定の温度になったときに自動的に電源が切れて、なお且つアラームが鳴る夢のような機器はできないか考えて、発明したのです。

尾崎: 電磁調理器に温度センサーを付けるわけですね。

一瀬: それ以前からピストル式の温度センサーはありましたが、忙しくなると、「こんなことやってられない」と管理がいい加減になります。

尾崎: そこで、鉄板に付けたセンサーが自動的に温度を測り、音で知らせてくれるようにしたわけですね。

一瀬: また、我々の鉄皿が画期的なんです。フードコートでは、お客さんはトレーの上に鉄皿料理、ドリンク、サラダ、ご飯などを乗せて運ばなければなりません。これ全部乗せると重たいですよね。2.7kgの重さの鉄皿など使えない。そこで、取引先のメーカーに鉄皿の軽量化をお願いしました。

尾崎: 鉄皿で肉がジュージュー音を立てていると食欲をそそりますが、3kg近くの鉄皿ではお客さんは嫌になります。

一瀬: そこで、鉄の薄い板の間にアルミのとけたものを流しこんで500トンプレスで固めて、きれいに削って試作品を作りました。ところが、鉄とアルミの間に目に見えない薄い隙間ができます。洗いものの時に、その隙間に水が入ると、鉄皿を加熱する時、中の水が爆発します。加熱されて逃げ場を失った水が膨張するわけです。普通では考えられないようなことですが、蒸気機関車の原理と一緒です。鉄皿を100枚作れば何枚もそういうトラブルが起こって困り果てました。

尾崎: どうやって問題を解決したんですか?

一瀬: 解決策はふと思いつきました。「水が入って困るんだったら最初から水が入るように穴を開ければ良いんだ」と。こうしたら、水が閉じ込められることもありません。
 アイディアを思いついたら、すぐ特許事務所に電話していました。これが2つ目の特許です。改良版では、不良品は1,000枚のうち、3枚あるかないかになりました。これは原理がシンプルなだけに、他社はモノマネできないです。我々が世界戦略に自信を持っている根拠でもあります。

 一瀬さんはモノ作りが好きなようで、自慢の調理機器について夢中で話をされました。ただ、彼が指摘しているように、ハードの調理機器が良くても出される料理が良いとは限りません。料理、接客サービスのソフトが伴って初めて顧客満足が得られます。開発した調理機器とともにペッパーランチのFCを可能にする他のパーツが作られて行きました。

一号店のオープン初日には500人が並んだ

尾崎: ペッパーランチはどういう顧客層を狙いましたか?

一瀬: 20歳前後から40歳までの若い男性客をターゲットに据えました。この料理なら、若い人は週に2回も3回も食べられます。そのためには、ステーキ「くに」の値段の半分以下の650~800円で提供しなければならない。当時相談していたコンサルタントの人に、「650円でステーキが出せるわけがないだろう」と呆れたような顔で指摘を受けました。それならば、「コスト削減のためカウンター席のみにして、券売機を使って人件費を削りたい」と言ったところ、「券売機なんてラーメン屋やカレー屋で使うもので、ステーキ屋に券売機などとんでもない」と言われました。

尾崎: 御社がペッパーランチを出される前は「ステーキは値段が高いもの」というのが常識でした。

一瀬: 確かに、当時の常識では正しい指摘だったと思います。ところが、650円でステーキを売ると45%くらいの原価率になってしまいます。そうなると、券売機を使って人件費を思い切り下げるしかありません。また、FC展開する時、オーナーさんは、アルバイトに任せるとお金をちょろまかされることを心配するので、その点でも券売機は有効でした。コンサルタントが大反対する中で、大船にペッパーランチの一号店をオープンしました。
 この時はなんと、従業員研修を省略してスタートしたんです。研修所がなかったこともひとつの理由でしたが、研修をやると、教えるコックたちがうるさいことを言うわけですよ。ペッパーランチはコックという熟練職人を使わない仕組みなのに、やり方をコックが教えたらとんでもないことになります。また、初日に価格50%オフを断行し、350円~400円でステーキが食べられると宣伝しました。どのくらいのお客さんが並んだと思います?

尾崎: 2~300人ですか?

一瀬: 何と500人ですよ。500人分を私ひとりが作って、洗い場にひとり、ホールもひとりで営業しました。皆、疲れたと思います。普通500人前の料理を提供しようと思えば、調理場に3人、ホールに3~4人要ります。

尾崎:500人お客さんが来れば、それぐらいの人数がいても、営業時間中、働きづめになりますね。

一瀬: 普通、お客さんは一日で500人も来ません。その日は「やった」と大興奮して、帰りのタクシーの運転手さんに話しかけずにいられませんでした。

尾崎: そのお店は一度に何人くらい入れる店なんですか?

一瀬: 全部で18席です。

尾崎: ということは30回転近くしたわけですか。ひとり平均滞在時間が20分としても、10時間ずっと満員が続いたことになります。驚異的ですね。

一瀬: ペッパーランチの仕組みを可能にするには、調理器、鉄皿の技術が必要だったわけですが、ただのモノ作りと違って、鮮度が高いおいしい料理を提供しなければならない。そのためには、技術と料理とサービスを融合させるノウハウが必要ですが、他社はそこが欠けていたわけです。
 飲食店がやるべきことはお客さんの満足度の追及です。それがなかったら上手く行くわけがありません。ただ料理を出すのではなくて、どういう料理を、いくらで、どういう雰囲気で出すかを追求しなければ、「ああ美味しかった、またあそこに行こう」とならず、絶対繁盛しないのです。

尾崎: お客さんの満足度の追求をしても、アルバイトが増えるとなかなか社長の目が届かなくなります。「アルバイトの目を見て丁寧に教育する」以外の方法はないでしょうか。

一瀬: 大事なのは良い子を雇うことです。親がきちっとしている子はきちっとしています。学校でしつけ教育して貰おうなんて子はメッキがはがれます。面接では、まず身だしなみがしっかりしているか、挨拶ができるかを見ます。靴まで見ますよ。
 
 上場企業の社長になった今も、月に一回一瀬さんは赤坂「ステーキくに」の厨房でステーキを焼き、お客さんをもてなしています。本社の社長室フロアーには商品開発用のテストキッチンがあります。アイディアが閃いた時は新商品をここで作っているのでしょう。最終回の次回はペッパーランチの世界戦略についてお聞きします。

一瀬邦夫(いちのせくにお)/1942年、静岡市生まれ。赤坂旧「山王ホテル」でコック修行後、27歳で「キッチンくに」創業。51歳で「ペッパーランチ」のFC事業を始め、64歳の2006年、ペッパーフードサービスの東証マザーズ上場を果たす。

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