日本のiPS細胞ビジネス競争力強化には司令塔が必要だ:リプロセル横山周史社長(3)

投稿日2013/11/26

日本のiPS細胞ビジネス競争力強化には司令塔が必要だ:リプロセル横山周史社長(3

iPS細胞企業である「リプロセル」は細胞製品と試薬を主な商品としていますが、現状は試薬の売上がメインです。これから、iPS細胞を使った製薬企業の新薬開発(創薬)の市場が大きくなりそうですが、市場規模は小さいと言わざるを得ません。ただ、この分野のフロントランナーとして、パイを大きくする様々な施策を打って行くことが同社横山周史社長の使命です。

「良いモノを作れば売れる」は甘い考えだ

尾崎: 試薬ビジネスを立ち上げるのにどれぐらい時間がかかりましたか?

横山: 3年くらいはかかりました。新規事業というものはなかなか立ち上がらなくて、試薬の試作品が出来ても、それを実際に売ることに時間がかかります。マーケティングや営業を甘く見てはいけないと思います。製品開発に2~3年かかりました。実際にビジネスとして立ち上がるのに、そこからまた更に時間がかかりましたね。

尾崎: 会社を立ち上げても5~6年くらいは本業の売り上げがなかったわけですね。

横山: いいモノさえできればすぐ売れる、という間違った発想の人が多いんですけど、やはり売る作業というのは相当大変でした。

尾崎: 京都大学山中先生のiPS細胞論文が発表された頃と最初の売り上げの時期がほぼ重なっていますね。

横山: そんな感じです。

尾崎: 経営にはラッキーが必要ですが、これは場外ホームランですね。

横山: ええ、そうです。

尾崎: 御社製品を使って山中先生がヒトiPS細胞を発明されたことが、営業上のインパクトになりましよね。

横山:それは 非常に大きいと思います。

尾崎: 最初に公表された論文ですから、当然それが世界標準になります。大学に対しも、企業に対しても大きな影響があったことでしょう。iPS細胞の国内の主要な研究室は、京都の中辻研、山中研、慶應の岡野研あたりでしょうか。

横山: それらはメインの研究室です。あとは理化学研究所(理研)や東大など、様々あります。

尾崎: 神戸の理研で、iPS細胞を使った眼の疾患の臨床研究が始まります。再生医療についてはまだまだ課題が多いという話をされましたが、とにかくiPS細胞を使った臨床研究だから、厚労省も多少のリスクを負っても認めるという姿勢になったのでしょうか。

横山: そうかもしれませんが、重要な一歩だと思います。

尾崎: この臨床研究は御社にとって大きな影響はありますか?

横山: まだ病院における臨床研究です。薬事法に基づいた臨床試験ではないんですね。医師主導の研究だから産業化のかなり手前ですが、再生医療の幕開けとして当社にとってもポジティブだと思います。

尾崎: あくまで病院における治療であり、バイオ企業や製薬企業がエキサイトするビジネスに移行するにはまだ時間がかかるということですね。

横山: そうです。ビジネスになるとまだ違うハードルがいっぱい出てくると思います。ただ、再生医療を進めるというのは前向きで非常に良いと思います。



 遺伝子療も再生医療も、医師主導なら既に相当な数が国内で実施されています。iPS細胞を使うのはニュースバリューがありますが、治療方法自体はあまり大騒ぎするような革新的なものではないのです。臨床研究は進めるべきですが、病気の治療はやってみなければ分からないことも多く、「iPS細胞を使った夢の治療によって難病がたちどころに治る」といった誤った期待を患者に持たせることは問題だと思います。
 iPS細胞の研究開発においては、似た機能を持つES細胞と比較対照することが欠かせません。ES細胞は受精卵から作られるので、「ヒトそのものだ」という議論があり、長年倫理的な問題が指摘されてきました。iPS細胞が注目されたことと並行して、ES細胞研究に対する過剰規制の緩和が必要となります。

横山: 昔に比べればES細胞に対する規制はずいぶん楽になりました。審査基準はかなり緩和されたと思います。

当面、創薬事業ではなくツール事業に特化する

尾崎: バイオ企業のビジネスは大きく創薬事業とツール事業に分けることができます。創薬は自分で医薬品の研究開発を行うのでハイリスク・ハイリターン、ツール事業は創薬企業に研究ツールを提供するローリスク・ローリターンという違いがあります。現状の御社はツール企業ですが、将来的に、創薬事業をやろうという考えはないですか?

横山: 今のところ考えてないです。

尾崎: 同じような質問を散々受けたかもしれませんが、日本のバイオ企業の場合、ツール事業だけで成長したところはあまりないです。宝ホールディングス傘下のタカラバイオが数少ない例外でしょうが、この会社は元々ベンチャーではありません。特にベンチャー企業は創薬事業を持っていないと成長ストーリーが描きにくいと指摘されるのが通常です。その点はどう考えていますか?

横山: 創薬事業は我々には馴染まないと思っています。創薬をやらざるを得ない企業もあるかもしれませんが、当社は細胞という差別化できる商品を持っています。薬と違った別のビジネス展開ができますので、「細胞屋さん」としてやって行くつもりです。

尾崎: 武田薬品工業に買収された米ミレニアムファーマシューティカルズは、遺伝子データベースを創薬企業に提供するツールビジネスで一世を風靡しましたが、途中で創薬企業に変わりました。ツールだけでは成長の限界に突き当たり、データベース屋さんが創薬屋さんに変わったわけですが、それは企業としての考え方の問題ですか?御社も理論的にはやろうと思えば可能ですよね。

横山: まあ会社としてはすごく大きなビジネスモデルの変更となりますから、簡単には創薬に取り組めません。

尾崎: 当面は、iPS細胞をツールとして使った創薬市場が大きくなるだろうから、ここに期待しているということですね?

横山: そうです。

日本の国益を睨んだiPS細胞の司令塔が必要である

尾崎: これからの御社ビジネスにとって、研究資金、規制緩和、厚労省、大学、産業界の取り組みなど、どういうふうに変わって欲しいですか?

横山: 国として一貫したiPS細胞戦略を立てるべきです。文科省、厚労省、官邸など、国全体として見ると、なんとなくチグハグ感があります。米国はどちらかというと統合的に動いています。

尾崎: チグハグ感とは具体的どういうところが問題ですか?

横山: 例えば、患者さんから採った細胞を使って、大学で病気のメカニズムを研究していますが、民間企業がビジネスに使うことができません。せっかく国の予算を使って患者さんから採った細胞を民間が使えないわけですから、もったいない話ですね。大学の中だけで研究しても事業化できませんから、より多くの患者さの役に立つことができません。

 日本にとってiPS細胞の知財は重要な特許ですが、現状は欧州でも米国でも世界中の会社に広くライセンスされています。全世界の人のために新技術を広げるという考え方もありますが、国益を考えれば、日本企業に優先してライセンスするというやり方もあるはずです。まったく海外企業に特許を使わせないのではなく、ライセンス料や許諾する権利の範囲を国内外企業で変えるというやり方もできます。

 ところが、特許が国内企業、外国企業平等にオープンになっているのは、国全体の利益を考えた司令塔が存在しないためと思われます。国は「iPS細胞関連予算」を特別扱いにして多額の公的資金をつぎ込んでいます。国の研究資金がなければ実現しなかった成果なので、開発や事業化も国益に沿った仕組みが必要です。

 iPS細胞関連予算には、大学の基礎研究にも企業の開発にも使うというバランスが重要です。例えば、文科省、経産省、厚生労働省、内閣府が予算を取り合って、勝った、負けたというつまらない話をするのではなく、国全体として研究、産業を育成して知財も蓄積するための司令塔が必要です。残念ながら現状は霞が関の縦割りの弊害が出ています。

 日本が省庁縦割りで司令塔が存在しないのはがん研究も同様で、2013年10月開催の日本癌学会において、米シカゴ大学の中村祐輔教授は「日本のがん研究には戦略がない。患者のもとに薬を届けるという一番大切なプロセスが欠けている」と語っています。

日本にはリスクマネーが全く不足している

尾崎: 横山さんがバイオ企業を経営されていて、日本には何が足りないと思いますか?事業インフラや環境は10年でかなり改善されたと思います。米国並みになったとは言えなくても、大分変わったと思うんですけど。

横山: ベンチャーにとってはリスクマネーが足りないことに尽きると思います。米国と比べて圧倒的に資金が足りないし、小さいですね。そこはどうしても弱みになり、打てる策も限られます。米国の方はガンガン新しい商品が出て来ますから、そこの違いは大きいです。

尾崎: IPOする重要な目的に資金調達がありますが、現状では上場してもなかなか資金調達に繋がらないです。一方、非上場のままではなかなか資金が集まらない。ベンチャーにとって大変な状況です。
 小さな会社でも売り上げがあり、キャッシュフローが回っている会社なら良いんですが、バイオに限らずテクノロジー系のベンチャーは製品開発が終わるまでは基本的に赤字です。こういう企業にとってはIPO後の資本ン市場が機能していないことは死活問題ですね。

横山: そうですね、問題として大きいと思います。非上場のままではまったく資金が集まりにくい状況です。

尾崎: 御社は今後どういう方向に進んで行かれるんですか?

横山: まずは海外展開です。そこを何とかしていきたいと思います。

尾崎: そうですよね。これからの重点項目ですね。どうも長時間ありがとうございました。

横山:ありがとうございました。

 iPS細胞は創薬や再生医療の研究ツールなので、これからの成長はふたつの用途がどれだけ伸びるかにかかっています。まだ、規制、開発、市場どれもが不十分ですが、何かのキッカケで爆発的に伸びることが考えられます。山中伸弥教授のノーベル賞受賞は重要なキッカケですが、これからはiPS細胞を使って画期的な新薬が開発されること、神戸理研で進められている再生医療の臨床研究が目覚ましい成果を上げることなどが、更なる飛躍のキッカケになるでしょう。その機会に備えて、どれだけ製品の品質を高め、顧客ニーズに即時に対応できる体制を整えるかが、横山さんのこれからの課題だと思われます。


横山周史(よこやま ちかふみ)/1991年、東京大学工学部卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニー、住友スリーエムを経て、2003年にリプロセル創業。2013年にジャスダック上場

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