大学発ベンチャー成功のためには研究と開発の切り分けが必要だ:リプロセル横山周史社長(2)

投稿日2013/11/21

大学発ベンチャー成功のためには研究と開発の切り分けが必要だ:リプロセル横山周史社長(2

 日本で数少ないiPS細胞関連企業である「リプロセル」は、細胞商品と試薬の販売を中心にビジネスを展開しています。iPS細胞を使ったビジネスとはどのようなものか?前回お聞きしたように、短期的には新薬開発(創薬)の伸びが期待でき、長期的には再生医療への応用が待ち望まれます。ただ、現状は再生医療への期待が過剰になっているという印象です。10年前に創業して、その後どのように会社を成長させてきたのか、横山周史社長にお聞きしました。

現場を知れば再生医療の選択肢はなかった

尾崎: 御社は創業10年くらいです。創業者に自社の成功要因を聞くと、最初に困難やトラブルがあって、それらを克服したから今までどうにか続けて来たと言われる方が多いのですが、御社の場合は如何でしたか?

横山: 一つはビジネスモデルを確定させることに苦労しました。創業した2003~4年当時、「ES細胞」が注目されていました。ES細胞を使った再生医療の会社が数社ありました。

尾崎: 当時は、「あらゆる細胞に分化する万能細胞」はES細胞のことでした。ところが、ES細胞は受精卵から取り出される細胞なので、特に中絶を認めないカソリック系諸国では実験への反対が激しかった。iPS細胞にはそういった倫理的な問題がないので、市場が様変わりしましたね。

当時、再生医療を目指したES細胞研究のトップランナー的なベンチャー企業も数社ありましたが、うまく行っているところは少ないですね。

横山: 当時の競合他社は皆再生医療を目指していました。ところが、再生医療はすぐに実現するのは難しいだろうということで、当社は当面は取り組まないという判断をしたのです。その代わり、創薬応用や研究試薬を地道に開発して行こうと決めました。ただ、当時は今のようにiPSとかESを創薬に使うという発想がベンチャーにはありませんでした。とにかく再生医療をやろうという会社ばかりでした。「夢の再生医療に使うべきだ」という意見も多かったのですが、我々は現実的な路線を歩んだことが大きかったと思います。

尾崎: 路線を決めるのに、かなり悩まれたと思いますけど、その選択は何が決め手となりましたか。

横山: 大学の研究者を中心にいろいろな現場の声を聞いたんです。そしたら「再生医療は技術的にそんなに簡単じゃないよ」という意見が大半でした。当時、マスコミが「再生医療がすぐにでもできる」という書き方をしましたが、現場の意見を重視しようと考えました。
 一部の専門家やマスコミのそういった論調を見て、投資家も「再生医療しかない」と思うわけです。ただ、現場の声を聞けば聞くほど「そんなに簡単じゃない。克服しないといけない問題がいっぱいある」ということが分かり、どう考えてもすぐには難しいだろうという結論に至りました。

尾崎: 現在のiPS細胞に関する報道は「夢の再生医療」が殆どですから、マスコミは懲りていないと言えますね(笑)。社内では方向性に関して意見が割れるなど、再生医療に行こうという意見はなかったんですか?

横山: それは全然なかったですね。

尾崎: 現場を知っていたゆえ、議論の余地なしということですね。

横山: そうだと思います。

尾崎: その時の大きな問題は規制でしたか?それともお金ですか?

横山: 今、当時を回想すると何も揃ってなかったですよね。技術的にもまだまだ未熟でした。ES細胞から色々な細胞や臓器に分化誘導する技術も確立されていなかったですし、規制が厳しく経済合理性もありませんでした。再生医療の規制がなかったので、どのように臨床試験を行って商品化まで持って行くかの出口が見えなかったということです。開発に移れずエンドレスに研究が続けば、いつまでも売上が見込めず、経済合理性もありませんよね。

尾崎: 10年経って、技術的には進んだということですが、具体的にどういう進歩があったのですか?

横山: ES細胞やiPS細胞の培養技術や分化誘導技術の進化が大きいです。

尾崎: 分化誘導の実験は具体的にどのようにやるのでしょうか?

横山: 作業は単純で、様々な組成の培養液の中に細胞を入れるだけです。作業手順は簡単ですが、グロースファクターなどの各種成分の種類、濃度、組み合わせはすごい試行錯誤を経て、洗練された内容になっています。

 最近、バイオ研究者の中には、「『iPS細胞バブル』が起きており、その弊害が大きい」といった指摘をする人が少なくありません。ノーベル賞受賞は素晴らしいことですが、ビジネス応用は別問題です。「よく分からないが、iPS細胞を使えば何とかなるだろう」という漠然とした期待が政治家や官僚などにあり、このテーマだけに巨額の研究資金がつくことがバブルの実態です。バブルの弊害は、他の有望かもしれない研究テーマにお金が回らないことです。
 実態のない期待やバブルはそのうちメッキが剥がれます。ただ、ビジネスの現場ではそういうことと関係なく、着実にできることをしなければなりません。厳しい判断をしてきたことが横山さんのお話しから窺われます。

大学発ベンチャーは研究と開発を切り分けろ

尾崎: 御社の技術は京都大学の中辻憲夫教授と東京大学の中内啓光教授の研究が基になっています。横山さんが社長としてグループに加わった時、研究者が3~4人という体制でしたか?

横山: そんな感じでした。

尾崎: 私も以前バイオベンチャー経営者をしていましたが、根っからのバイオロジスト(バイオの基礎研究者)とビジネスマンが同じ屋根の下で一緒に仕事を始めると、カルチャーの違いでよくトラブルが起きます。御社の場合は如何でしたか?

横山: そこは、大学と会社の切り分けが有効だと思います。社内にラボを創ってそこで研究開発を始めることにこだわりました。それまでは、実は中辻研や中内研に間借りしていたんです。

尾崎: 会社を創る前のことですか?

横山: いえ、会社を創った後もずっと間借りしていました。大学のラボにいると家賃は安いし、実験器具も借りられ、大学院生もいますから何かと便利です。しかし、それだと、企業としては不都合が大きかったんです。大学内でやることはあくまで基礎研究で、会社の製品開発とは違うわけですから。大学ラボの目的は論文を書くことなので、企業とは目的が違う。そこで、自社ラボを創って自分達のペースの製品開発にシフトしました。

尾崎: 間借りはどれくらいの期間だったんですか?

横山: 結構長かったですね。3~4年くらいはいたと思います。

尾崎: 今おっしゃった研究と製品開発の切り分けは総ての大学発ベンチャーに共通の課題です。ところが、なかなか簡単に解決できないテーマで、私自身もすごく興味があります。研究と開発は違うので分けなきゃいけない。しかし、会社の技術は大学の基礎研究から発生しているので、研究者達と離れてしまうと大学発ベンチャーの意義がなくなってしまいます。この微妙なバランスはどうやって取りましたか?

横山: 大学の先生方も自分達の研究成果をなんとか世の中に出したいと思っているので、そういう意味では彼らが持っている知財や共同研究によって関係を上手く繋ぐことはできます。そこはWinWinになるはずです。大学教授は論文を書くのが仕事ですので、製品開発との住み分けが必要です。

 ある東大発ベンチャーの話ですが、知財を持っている教授がベンチャーの製品開発の方向性に異を唱えて、そのうち関係が険悪になったケースがあります。その教授はすごくわがままな人で、傍目にも滅茶苦茶な要求をしていました。しまいに彼は感情的になって、そのベンチャーに出した知財を引き上げると言い出しましたが、こうなると終わりです。
 大学教員は自分の研究成果をベンチャーによって製品化されることは歓迎ですが、それより論文の方が大事です。ベンチャーの開発が次の論文に役立つものであればハッピーですが、開発が自分の研究に邪魔しているケースもあります。一方、経営者は人生をかけて製品開発しているわけですから、当然開発優先です。思い込みによって両者の感情がもつれることもあるでしょうけど、これが経営危機が始まるパターンの典型です。

論文データと製品データの発表を工夫する

横山: 研究と開発の切り分けの面では、研究者が論文をなかなか出さないケースが問題になり得ます。なかなか論文が出て来ないから、こっちは製品化したいけどできないという状況は困ります。

尾崎: 特許申請は論文を出す前にしておけば問題ないですが、なかなか論文が出ないからベンチャー側が困るとはどういうことですか?

横山: 例えば、ある大学の研究成果を使って当社が製品化する場合、当然、他社製品と比べてこれだけ優れているといった比較データを顧客に提示しなければなりません。ところが、そのデータは論文で使う主要データと同じことが多いので厄介です。問題は、研究者が論文を発表する前に我々が製品データを公表すれば、論文としての価値がなくなることです。論文を先に出して、直後に製品を発売するのがベストですけど、市場も流動的だし、タイミングが合わないこともあります。

尾崎: 「もうすぐ論文が学術誌に掲載されそうだ」という話をする時、研究者は「1~2年先だろう」という意味で言っているのに、経営者は「1~2ヶ月ぐらい先かな」と思い、勘違いでお互いビックリすることがあります(笑)。比較データは出ても、そこから論文に仕上げるのは結構大変です。何より、有力な国際学会誌だと、論文提出、査読(審査)を経て掲載されるのに2年ぐらいは覚悟しなければいけませんからね。

横山: そうですね。本当は論文が出て直後に製品が出るのがベストなんです。論文が発表されればコマーシャルになりますし、世界中の人が読みますから。その後製品が出ると、「これが論文に載っていたツールか」と買ってもらえます。

尾崎: 社長が「早く論文を出してくれ。時間が経てば赤字が膨らむ」とクレームすると、そこでトラブルが起こるでしょうね。社長と研究者の個人的な相性を除けば、大学発ベンチャーが抱えるトラブルとして、これは大きな課題です。

横山さんも「早く論文を出してください」という要求を研究者にされると思いますが、この微妙な課題をどうやってクリアされますか?

横山: そこは上手く切り分けることはできると思います。

尾崎: 比較データでも出して良いものといけないもの切り分けて、問題ないデータだけクライアントに見せるということですか?

横山: そうです。

研究者と経営者は自らの仕事に没頭するべき

尾崎: 他に研究者とのコミュニケーションで苦労されたことはありますか?

横山: 時間感覚が結構違いますが、そこは仕方ないですね。大学と会社で時間の流れは違いますから。利害衝突は論文くらいですが、基礎研究と製品開発の住み分けは重要ですね。

尾崎: 優秀な研究者はどんどんアイデアが出てきて、新しいことをやりたいと思い続けているものです。ところが、起業家はそうも行かず、「やりたいことを切り捨ててひとつに集中する」ことが仕事です。経営者が色々なことにチャレンジできるのは、本業が安定して余裕ができてからです。したがって、研究者からみると社長はチャレンジ精神が無いとか、柔軟性が無いように見えるかもしれません。

横山: そうでしょうね。やはり大学の研究は企業とうまく住み分けてやってもらう方がいいと思います。会社は大学の研究者をコントロールする立場にはないので、大学は大学の仕組み内で研究をやっていただきたいと思います。ただ、会社所属の研究者には給料を払っていますから、好き放題やられては困ります。(笑) 新入社員には「会社に来たからには、ここはもう大学じゃないんですよ」と、徹底して教育します。

尾崎: 大学の研究者の方から「こんなに良いデータがでたから事業化したらどうか」と提案されることは結構ありませんでしたか?

横山: そういうのは有難いですよね。新しいネタを提供して頂けるので。ただ、必ず事業化するとは限らないのですが、そこは会社としての判断になります。

尾崎: 大学ラボとベンチャーとの距離感の問題に戻りますが、中辻研がその問題をよく理解していたのか、あるいはお互い良い距離感を自然と作られたのですか?

横山: そうですね。恐らく、一番重要なポイントはやはり我々に自分達のラボがあって、研究と開発を切り分けていることだと思います。
 大学の先生方も自分の研究をどんどん製品化して欲しいという気持ちはあるでしょうけど、非合理的な要求は滅多にないです。逆に、ベンチャーが自前のラボを持っていないと、製品化のための実験も大学ラボにお願いすることになります。そうなると、大学側は「そんなことやっている場合じゃない」となりかねません。お互いの役割分担を超えた要求をすると、トラブルになります。

 研究と開発の切り分けができていない最悪の例として、ベンチャーキャピタル(VC)が出資した事業資金を自分の基礎研究につぎ込む大学研究者がいます。これをやりだしたら大学発ベンチャーの仕組み自体が崩壊します。社長が技術を分かっていないこと、研究者が「VCは細かい技術的なことは分からないだろう」と見くびっていることなどが原因でしょう。
 大学発ベンチャーの典型であるリプロセルは、経営者と研究者の間に必要な線引きをして、お互い「やるべきこと」「やっていはいけないこと」を明確にし、関係作りに努力してきたようです。こういう関係が機能していないベンチャーにとっては、多くの示唆を与えてくれます。次回は、今後のリプロセルをどのような方向に導いて行くのか、横山さんの戦略をお聞きします。


横山周史(よこやま ちかふみ)/1991年、東京大学工学部卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニー、住友スリーエムを経て、2003年にリプロセル創業。2013年にジャスダック上場

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