「iPS細胞ビジネス」はまず医薬品開発からスタートする:リプロセル横山周史社長(1)

投稿日2013/11/20

iPS細胞ビジネス」はまず医薬品開発からスタートする:リプロセル横山周史社長(1

 京都大学の山中伸弥教授がノーベル賞を受賞した研究成果である「iPS細胞」は世界から大きな注目を浴びています。どんな難病でも一気に治療できるような夢物語りがされますが、iPS細胞を使ったビジネスの現場は意外なほど知られていません。そこで、京都大学、東京大学などの研究成果を基にiPS細胞作成技術を開発し、最近上場した株式会社「リプロセル」の横山周史社長を新横浜の本社に訪ねました。
 まず、iPS細胞について簡単に説明します。動物の体は最初、受精卵というたった一個の細胞から生まれますが、次第に、皮膚、髪、心臓、肝臓など様々な細胞や臓器に分化します。ただ、一旦分化が完了すると、皮膚細胞が心臓に分化することはなく、皮膚は皮膚にしかなりません。あらゆる細胞や組織に分化する細胞は「万能細胞」と呼ばれ、医学研究にとって極めて有用なツールです。
 これまで万能細胞として「ES細胞」が使われていましたが、これは受精卵から作られるため、倫理的な問題が指摘されています。iPS細胞は「倫理的な問題をクリアした万能細胞」なので注目されているのです。
 iPS細胞を作った後は、心筋や肝臓など望む細胞・臓器に人工的に分化させる(分化誘導)技術が必要です。iPS細胞は、角膜、皮膚、心臓、肝臓などを移植臓器を人工的に作る再生医療への応用が期待されていますが、より現実的なのは新薬開発(創薬)に応用することです。例えば、iPS細胞を分化誘導してガン細胞を作れば、ガンの発生メカニズムが詳細に分かり、治療技術の進歩が期待されます。


iPS細胞には「研究」「創薬」「再生医療」の3市場がある

尾崎: 今御社が販売されている主力商品は、iPS細胞を分化させた「細胞商品」と培地(細胞を培養するための液体)などの試薬ですね?

横山: はい。そうです。

尾崎: 細胞の場合はどれくらいの商品バリエーションがあるんですか?かなり種類は豊富でしょうか?

横山: 細胞は今のところメインが3種類です。心筋、神経、肝臓の3種類です。

尾崎: これらは研究者のリクエストが多いから商品化したのでしょか。それとも、これらの細胞が比較的作りやすいから商品化したのでしょうか?

横山: リクエストが多いのはその3種類です。ニーズが高いので商品化を早めました。

尾崎: 顧客が御社から買った細胞を利用して医薬品を開発した場合、御社は細胞製品に関する知的財産権を主張して顧客にロイヤリティを請求することが可能です。また、契約上、そのような権利は主張しない選択肢もあります。御社は顧客にロイヤリティを請求せず、細胞は単なる研究ツールとして販売されているのですね?

横山: そうです。ロイヤリティを貰えば、我々にとってのメリットは大きくなるかもしれませんが、逆に、我々の製品を利用する顧客が減るかもしれません。ツールとして広く使ってもらいたいのです。

尾崎: 現在、ツールとしてのiPS細胞の市場はまだ小さいと思いますが、市場のパイが大きくなるためにはどういうことが必要ですか?

横山: 現状、大きな阻害要因はないと思います。ターゲット顧客は大きく分けて3グループです。
 まず、大学などの研究者の市場です。この市場が広がるかどうかは、国が研究予算をどの程度用意してくれるかによります。米国、欧州、日本共通の比較的単純な構図で、研究者の市場は国のバックアップの度合いで決まります。
 2番目の市場は、製薬企業が創薬(新薬を開発すること)の研究ツールとしてiPS細胞を利用することです。この市場は有望だと思いますが、製薬企業がiPS細胞をツールとして使うことに、まだ慣れていないのが現状です。それなりの技術的な蓄積が必要ですので、課題がクリアできれば、広がってくると思います。
 3番目の市場は再生医療です。再生医療に関しては、法的な整備が必要です。医師、患者、市場の声を聞いて法整備が進めば、広がってくると思います。今、再生医療関連法案が用意されていますが、法案が通れば起爆剤になるでしょう。

研究市場は国のバックアップ次第

尾崎: 3つの市場について順番にお聞きします。まず研究者の市場に関しては、国のiPS細胞研究予算はかなり増額されているので、相当追い風になりますよね。計上された予算は、もう各研究所や大学に配分されていますか?

横山: 今年度から予算措置は始まっています。ただ、ご存知の通り、国の予算は年度末に偏って消化されることが多いですね。(笑)

尾崎: 確かに、国の予算は決定と実行の間に時間差があります。国内の研究の状況は大体分かりましたが、海外と比較した場合、内外の温度差はありますか?

横山: 海外での研究も非常に盛んです。そういう意味ではあまり変わらないと思います。ただ、海外の方が予算はたくさんついています。

尾崎: 米国や欧州の方が日本より研究予算のパイが大きいですから、お互いの市場規模に応じたビジネスが本来とれるはずです。つまり、御社にとって海外市場の潜在的魅力が高いということですね。海外での競合は多いですか?

横山: そうですね、海外では数社程度あります。

尾崎: 同じiPS細胞でもどの企業の商品を使うかは研究者個人の好みもあるので、なかなか大きな市場シェアを取るのは難しいのでしょうか?

横山: ある程度のシェアは取れると思います。ただ、急激にオセロみたいにパラパラっと変えるのは難しくて、やはり地道に変えていくしかないと思います。

尾崎: 世界市場における研究ツールの販売は、米国や欧州の企業が強くて、日本企業は残念ながら見劣りします。ということは、米国の販売会社と提携する方向性ですか?

横山: 色々なやり方を組み合わせようと思っています。一つは代理店経由です。今、欧州とアジア市場では代理店契約をしており、それは継続させます。米国ではメーカーの直販中心に行なわれています。

尾崎: 米国では代理店を通さないメーカー直販が増えているのですか?

横山: そうです。対照的に日本やアジアでは代理店経由が多いです。

製薬会社の技術蓄積が進めば創薬市場は伸びる

尾崎: 二番目の市場について、製薬会社の創薬には技術的な蓄積が必要だとおっしゃいましたが、まだ再現性が低い(同じ研究を繰り返してもデータにバラツキがあること)とか、創薬用商品としては不十分なのですか?

横山: iPS細胞は新しい研究ツールなので、製薬企業は他の研究データとの整合性を取る作業が必要です。創薬の場合、単にヒトiPS細胞から細胞商品を作ることがゴールではなくて、薬剤評価に使えるヒト由来細胞商品を作ることが最終ゴールです。これが再生医療との違いです。

尾崎: 薬剤評価とは、例えば分化誘導させた人工ガン細胞に新薬候補物質をふりかけて、細胞の薬剤に対する反応を詳細に分析することですね。ヒト細胞を使った研究モデルがまだ無いということですが、ヒト細胞から商品を作る難しさは何でしょうか。

横山: 例えば、ヒトiPS細胞から心筋細胞を作った場合、その質を評価するには、本物の心筋細胞と比較しなければなりません。しかしながら、ヒトの心臓・心筋を取り出すことは普通無理です。このような条件下で、「ヒトの体から取り出した心筋と、iPS細胞から作った心筋が全く同じものですか?」と心臓の専門医に聞けば、「それは同じと言えない」という返答が来ます。
 このような違いを前提として、薬剤評価がどこまで可能なのかということが重要です。本物の心筋とは異なっていても、薬剤評価に再現性高く使えれば問題ないので、今それを確認している段階です。

尾崎: なるほど。まだ新薬の探索用に大規模で使われてないけれど、自社のシステムに乗せることができるか製薬会社が確認している段階ですね。こういう確認作業はあと何年くらいかかるものなのですか?

横山: そんなにかからないと思います。1~2年だと思います。

尾崎: 1~2年経てば、iPS細胞商品を使って新薬の候補物質が見つかる可能性があるわけですね。実際に薬になるのはさらに10年以上かかるでしょうが。

医薬品、医療機器と異なる規制がなければ再生医療はテイクオフしない

尾崎: 三番目の再生医療についての、法改正についてですが、今政府で議論されている改正案のポイントはなんだと思いますか?

横山: 従来の再生医療の問題点は、使用する細胞への規制が医薬品なのか医療機器なのかはっきりしなかったことです。「果たして細胞は医薬品なのか、医療機器なのか」という議論があり、どちらとも言えないのであれば、どういう基準を置くべきかが重要です。既存の規制を当てはめるのに無理があるならば、細胞製品、再生医療細胞製品という新しいカテゴリーを設定する方が合理的です。新しい薬事法でこれができれば大きな進歩です。

尾崎: 医薬品は飲む・注射の後、血管を通って体の隅々に回りますから、安全性の審査が極めて厳しくなります。これに対して、医療機器は人工血管やステントなどを除けば、体内に埋め込まれないものが大半です。たとえ埋め込まれても、血管を通じて体中に回ることは稀なので、医薬品のような厳しい安全規制を設ける必要がない。再生医療は医薬品とも医療機器とも違うはずですが、現実は医薬品並みに厳しく規制されて、開発スピードが落ちました。新しい治療を待っている患者は多いのに。

横山: 再生医療はどっちなのですかね(笑)。ちょっと分からないですけど、無理やり規制を当てはめてきた感じがします。場当たり的にどちらかの基準を当てはめようとするとうまくいかないはずです。

尾崎: 熱傷(やけど)患者向けに皮膚の再生医療を行っているJ-TECの臨床試験の場合も、不必要と言うしかない手続きがあったようです。同じ薬でも内服薬と経皮薬(貼り薬)では基準が違いますから、ましてや自分の細胞から再生された皮膚を治療に使う場合は、違った取扱いがされるべきです。

横山: そういうことですよね。製法も違いますし、品質管理も違いますし、すべてが違う訳です。また、副作用や安全性も全部違いますから、「細胞用」に適切な基準を設定するべきです。

 iPS細胞商品を再生医療に使うためには、使う細胞を標準化しなければなりません。一般に「iPS細胞」と言っても、皆、同じ方法で作っているわけではありません。材料としてどんな細胞を使うか、どの遺伝子を使うかによって、できるiPS細胞も変わります。iPS細胞の作り方は標準化されないと治療には使えませんが、それには時間をかけて検証することが必要です。

「iPS細胞」といっても各社作り方はマチマチである

横山: 治療で使う場合はこういう方法で作りなさいという基準ができるかもしれませんが、この作り方であれば安全性が担保できると証明されれば良いと思います。本質的には細胞が安全であれば良いので、証明の信頼性が高いかどうかポイントだと思います。

尾崎: iPS細胞の作り方は御社と他社では、かなり違うのですか?

横山: 作る方法はいくつかバリエーションがあります。

尾崎: 遺伝子の選び方以外に何が違いますか?

横山: iPS細胞を作製する場合は、遺伝子を細胞内に注入しますが、注入する遺伝子は複数種類あります。また、注入方法も、ウイルスを使う方法、使わない方法があり、ウイルスを使う場合も複数の選択肢があります。また、分化誘導の方法も違います。

尾崎: 遺伝子は放っておいてもヒトの細胞内に入らないので、ウイルスを利用して注入します。人為的に細胞内に注入したい遺伝子をウイルス内に組み込み、ヒトの細胞内に侵入するウイルスの習性を利用します。また、ウイルスを使わない「プラスミド」と呼ばれる方法もあります。御社はどの方法を使っていますか?

横山: 当社はウイルスを使っています。

尾崎: 通常細胞からiPS細胞を作りますが、その後、皮膚細胞、心筋細胞など必要な細胞に変化させなければなりません。それを分化誘導と言いますが、どのようなやり方をされていますか?

横山: 分化誘導は色々な「グロースファクター」を組み合わせて行うのが一般的ですがが、その組み合わせ方が各社違うのではないでしょうか。

尾崎: グロースファクターは別名、「細胞増殖因子」で、細胞増殖をコントロールするたんぱく質のことです。複数のグロースファクターを組み合わせればiPS細胞が心筋細胞などに分化しますから、どんなグロースファクターを組み合わせるかが重要なノウハウですね。

 今回はiPS細胞ビジネスのターゲット市場についてお聞きしました。製薬企業の理解が深まれば、創薬市場はかなり有望と思われます。再生医療への期待は強いですが、法整備が行われたとしても、医療機関や製薬会社がノウハウを得るのにかなりの時間を要すると思われます。
 横山さんは「有用な細胞を世界に広めたい」という理念だけで、市場がゼロの時に起業を決意しました。当然、大きな困難があったと想像されます。次回は、起業から現状まで、どのような戦略や努力で会社を成長させてきたのか、その過程についてお聞きします。



横山周史(よこやま ちかふみ)/1991年、東京大学工学部卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニー、住友スリーエムを経て、2003年にリプロセル創業。2013年にジャスダック上場

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