道のど真ん中を行き、皆に感謝される仕事をやっていきたい:ゲスト デジタルハーツ宮澤栄一社長(2)

投稿日2013/09/12

道のど真ん中を行き、皆に感謝される仕事をやっていきたい:ゲスト デジタルハーツ宮澤栄一社長(2


前回お話ししたとおり、「絶対社長にだけはならない」が信念だったはずの宮澤さんは、結局デジタルハーツを創業しました。そして、転機は比較的早く訪れたのです。創業から3ヶ月後、米国の大手ゲーム機メーカーからデバッグ(ソフトウエアの不具合チェック)をやって欲しいという大口案件の打診が来ました。デジタルハーツがデバッグだけをやっているという珍しさがその米国企業の興味を引いたのです。

創業してすぐに大手取引先を開拓し、その後も順調に事業を拡大できそうでしたが、そこで想定外の事態が起きてしまいました。売上の大半を占め、今後の飛躍のカギになるはずだった大手ゲーム機メーカーから取引を突然打ち切られてしまったのです。

「つらい」を「楽しい」に変換して、辛い時期を社員皆で乗り越えた

尾崎: 会社をスタートされた時、「能動的デバッグ」を打ち出されました。これは過去にバグをチェックして蓄積したノウハウを生かして、バグが表に出る前から能動的にバグを退治しようというやり方ですが、当初の発想と実際にやってみた感触の間に違いはありましたか?

宮澤: 能動的デバッグ自体は想定どおりの効果を発揮したのですが、経営的に想定外だったのは、大きく依存していた顧客の仕事がなくなったことです。創業1年目から2年目は大手顧客1社で8割ほどの売り上げがあったんですが、2年目の終わりからいきなりゼロになってしまいました。その企業の日本の品質管理部門が撤退することになってしまったんです。我々は既に事務所も構えていたし、社員も大勢採用して、設備や機器も揃えていました。創業2年目の売上がおおよそ4億でしたが、その8~9割が無くなってしまうことになり、これで我が社も終わったかなと思いました。

尾崎: それは大変でしたね。そこからどうやってリカバリーされたのですか?

宮澤: 私は普段から隠し事が嫌なので、まず社員全員に何が起きているかを話しました。そこで私は「来年の売り上げ目標を4億1円にしよう」と呼びかけたんです。これは「昨年の売上より1円だけ上回ることを目指そう」という意味です。給料も払えないので、皆に本当に生活に必要な金額を聞いて、それを上回る分の給料は「会社への貸し」にしてもらいました。

尾崎: 会社が危機に瀕すると「沈没船から脱出するネズミ」の如く社員が離散することがありますが、御社では、皆さんがリカバリーに協力してくれたんですね。

宮澤: 本当にその通りです。でも、その時駄目になりかけたので今の我々があると思うんです。売上を4億1円にすると言ってからは、ほぼ寝ないで働きました。私の場合、「ギャラは要りません」と言って、色んなゲームメーカーに作詞の仕事をオファーし、同時に「1回だけデバッグの仕事のチャンスを下さい」と頼み込み、デジタルハーツの名刺を配って歩きました。さらに、撤退された顧客企業の日本法人にいた方々も口コミでデジタルハーツの宣伝をしてくれたんです。我々が直前の2年間頑張って仕事をしたことが評価されて、色々な方々に助けられました。

尾崎: 大手顧客企業との取引は打ち切られたけど、元の従業員の人達が宮澤さんに共感してくれたわけですね。

宮澤: その方々も突然、自分達の部署が閉鎖されたので、ご苦労が多かったと思います。彼らが色々なゲーム会社に転職され、そこで我々のことを推薦して下さったんです。また、うちの社員も「これはやばい」という危機感を持って、デバッグの仕事以外に、全員、自主的に営業にも取り組んでくれました。本来、営業など大の苦手な連中ですが。とにかく皆で協力して、1個でも仕事を増やそうと努力しました。その結果、何と、期末に4億100万円の売り上げが達成できたんです。

尾崎: 現場は火事場のように凄まじかったと思いますが、感動的なお話ですね。

宮澤: この年、1社に依存していた顧客が広く分散されて、売上シェアが5%以下の顧客が一気に増えたんです。経営危機から何とか脱却して、その後、新しい顧客からの業務委託が一気に増えました。

尾崎: 従業員の人達の頑張りの賜物としかいいようがないですね。

宮澤: いやぁ、今でも当時の話を皆でするんですけど、良い笑い話ですね。当時、給料も出ないし、寝る暇もないくらい忙しかったわけです。そうなると、皆、「つらい、つらい」としか言わなくなるんです。そこで私は「『つらい』という言葉を『楽しい』に変換しよう」と宣言しました。でも、これはただの言葉遊びなので意味はなく、楽しくなる理由などありません。そうするうち、いたるところで皆が「いや、社長、マジで楽しいっすね」などと言い出したんです。単なる言葉のおかげで、本当は辛いんだけど楽しい気分になれました。そうやって、3年目の辛い時期を乗り越えることができましたが、その時のメンバーは今でも皆残っています。

尾崎: いきなり売り上げがゼロになったら、従業員は不安に駆られて別の仕事を探してもやむを得ないと思います。ところが、そうならなかったのは、日ごろから社員と良い付き合いをされていたからでしょう。宮澤さんの「創業後3年間は人のために生きる」という気持ちが彼らに通じていたのでしょうね。

宮澤: 私が「社長になりたくない」と思っていたのは、社長は周囲や従業員のために頑張っても、会社が潰れたら後ろ指をさされる損な仕事だと思っていたからです。それだけに、自分がもし会社を作るなら、こういう会社にしたいという理想論はありました。我々は会社というハコを使って「人生の想い出作り」をしていると思います。皆が年寄りになった時に、「あの時は楽しかったよね」という想い出話を、お茶やお酒を飲みながらしたいんです。「実は社長、僕、家を建てました」とか「孫がこうなりました」という話もしたい。
良い想い出話をするために、経営は成功しなければならないわけで、生活やお金のためには働きたくないんです。私は今でも「1秒たりとも自分の時間をお金に変えたくない」と思っています。そうじゃないと何のために仕事をしているのか分からなくなるんですよ。道のど真ん中を行きたくて、皆さんから感謝されるような仕事をやっていきたいんです。

尾崎: 今では御社も大会社になられたので、社長の考えを従業員が理解することは以前より重要になっていますね。

宮澤: 実はこの前までうちの会社には「企業理念」が無かったんです。今では「デジタルハーツは心を世界に広げます」という理念があるんですが、これは私が考えたものではなく、現場の意見を集約して作り上げたものです。上場する時に一度企業理念を作ろうとしたんですけど、よくよく考えてみると、これは社長が作るものではありません。社長が決めてしまったら影響力が大きすぎて、社員はそれに縛られてしまいます。私は、会社は社員のものだと思っているので、社員が考えるべきだと思っていたら、昨年、現場から「企業理念を作りませんか?」と言う声が上がったんです。

 成功しているベンチャー企業は、ほぼ例外なく企業理念を持っています。大企業と違って不安定で待遇も恵まれていないのに社員が懸命に働くベンチャーには、「我々はこれを実現するのだ」という社会的目的(企業理念)が存在します。ただの金儲け集団では、メンバーは献身的な頑張りを継続できないからです。企業理念は社長が作るのが当たり前ですが、明文化していないことが多い。そこで、社長がコンサルティング企業に言われたり、上場時に証券会社から「企業理念がないと投資家が御社のことを理解できず、株価が上がりませんよ」とせっつかれたりして、企業理念を慌てて作ることが多いです。ところが、デジタルハーツの場合、上場した後に、現場が自然発生的に企業理念を作ろうと提案しています。これは珍しいケースです。

その時々に社員が「正しい」と思うことが企業理念である

宮澤: 私の知らない間にプロジェクトが立ち上がって、メンバーが全国の社員やアルバイトにヒアリングをしてくれたんです。そうしたら、社員よりもアルバイトの方が良く考えていて、「デジタルハーツってこういうもんですよ」と熱く語ってくれました。それらをまとめたのが昨年作った企業理念で、私が関わったのは、最終的な言葉の響きだけでした。これから5年後には違う理念が出来るかもしれませんね。その時々に、社員が正しいと思うことが企業理念だと思います。

尾崎: 「企業理念は社長が創らないといけないと教科書に書いてある」という理由で、社長が企業理念を考えることが多いです。現場の人達が自発的に作って、しかも時が立てば変わるべきというのは新鮮な発想です。一度決めた企業理念に縛られて、本来やるべきことができなくなる会社もありますよね。ただ、同じベンチャー企業でも、「社長の理念がはっきりしていないから働きにくい」と従業員が不満をいうケースもあります。御社ではこういった不満は出なかったんですか?

宮澤: いえ、逆に私は普段から社員に企業理念を語っています。ただ、理念を書いて額に飾っているのではなく、キーワードやヒントを話しているのです。「僕らはこうじゃない?」とか「これってどう思う?」といった語り方です。上場する時にも「上場企業になるとこういうデメリットがあって、こういうメリットがあるけどどうする?」ということを話しました。また、何か新たな課題があると、とにかく皆にそのことを話すんですよ。そうすると、段々議論が深くなっていくんですね。

尾崎: なるほど。社長が押しつけた企業理念に対して社員は「心からの」理解はしないけど、自分たちで作り上げた理念ならば、本気で取り組むわけですね。「心を世界に広げます」というフレーズは宮澤さんの頭のどこかにあったわけですか?

宮澤: それは無かったですね。「まっすぐな心」というのは何となく前から言っていました。「正義を貫く」とか「ちょっとでもグレーな事はやるな」ということも言っていました。

尾崎: 正義とかグレーとか、倫理的な面を重視されていたんですね。

宮澤: はい。「グレーなことやるんだったら止めようぜ」という考えが私にはあります。悪いことして儲けようと思えば、いくらでも儲けられると思います。でも、お金には色があって、皆に感謝されて儲けた真っ白な1円は、悪いことして儲けた真っ黒な一億円よりも絶対に価値があるんです。それを積み上げていくからこそ、良い会社ができます。そうじゃないと気持ちよく仕事できないじゃないですか。

 地道なコミュニケーションで社員や取引先との信頼関係を宮澤さんは築いてきましたが、社員が多くなると次第に社内コミュニケーションが困難になります。社員が数十名の時は総ての社員が社長や役員と直接、頻繁に会話できますが、数百人規模になると、それが困難になります。次第に企業理念の本当の意味を理解する機会がない新入社員が増え、彼らは疎外感を覚えるようになるのが通常です。次回は大組織になったデジタルハーツがどのような仕組みを作って社員のモチベーションを維持しているのか、また、ゲームのデバッグから今後はどのような発展を模索しているのかをお聞きします


宮澤栄一(みやざわえいいち)/1972年栃木県生まれ。1991年県立真岡高校卒業。家業を手伝い、23歳で役者を目指して上京。ミュージシャンや作詞家の活動も行う。2003年デジタルハーツを創業し、08年マザーズ上場、11年に東証一部に市場変更。

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