なぜ無名のベンチャーが銀行系列企業を買収できたか:アドバンテッジリスクマネジメント鳥越慎二社長(2)

投稿日2013/08/04

なぜ無名のベンチャーが銀行系列企業を買収できたか:アドバンテッジリスクマネジメント鳥越慎二社長(2

 企業従業員のメンタルヘルス改善の努力を続ける株式会社アドバンテッジリスクマネジメントの鳥越社長。前回、企業の現場と格闘されている話をお聞きしましたが、日本では前例のない業態(専業では唯一の上場企業)ですから、当初は周囲に理解されず、相当な苦労を重ねたはずです。そこで、事業立ち上げから軌道に乗るまでの時期についてお聞きしました。

金融不況が好機を生んだ

尾崎: アドバンテッジリスクマネジメントの成り立ちについて教えて下さい。もともと鳥越さんはベイン・アンド・カンパニー(以下ベイン)という米国の大手コンサルティング企業におられて、ベイン時代の同僚が立ち上げたアドバンテッジパートナーズ(以下AP)に参加されました。APはその後、プライベート・エクイティ(以下、PE)ファンドを立ち上げ、国内有数のファンド会社となりましたが、鳥越さんは、ファンドとは別事業の立ち上げを担当されました。その中で、「団体長期障害所得補償保険」(以下GLTD、病気・ケガで長期休職した場合の所得を補償する保険)を運営する保険会社に出会い、これを普及させる販売会社を立ち上げたということですね。

鳥越: そうです。最初は AP の子会社として、1995年にアドバンテッジ・インシュアランス・サービスという会社を作り、その後、アドバンテッジリスクマネジメントに改組しました。最初は私以外にメンバーは4~5人しかおらず、ゼロから始めたようなものです。

尾崎: ベンチャーとして創業された当時を振り返えると、「これがあったから自分たちは生き残れた」という転機があったと思います。

鳥越: そうですね。経営を始めた当初はかなり苦労もしました。1995年の1月に会社を作りましたが、その年の秋口まで契約はゼロで、売上もありませんでした。ところが、売上がないのに4~5人も雇っていましたから、累損が積み上がるばかりです。10月になると、ようやくある外資系企業が第一号顧客となり、GLTDを買ってくれました。その後、外資系企業の契約をいくつか獲得しましたが、赤字から脱却できませんでした。日本企業も含め、顧客数が増えて、何とか単月の黒字が出せるようになったのは、97年に入ってからでした。ただ、黒字になったといっても、安定とは到底いえない状況でした。
 実は、転機は純粋な営業努力と違ったところで起きました。1990年代後半の金融不況で経営危機に陥っていた旧日本長期信用銀行(以下長銀、現新生銀行)と旧日本債権信用銀行(以下日債銀、現あおぞら銀行)の保険代理店を、1999年に買収することができたんです。両行とも公的資金が注入されて関連企業整理の真っ最中でしたが、1998年から99年にかけて、だめもとで、「保険代理店を売ってください」と頼みに行きました。紆余曲折はありましたが、だめもとにかかわらず買収することができたんです。これは大きな転機になりましたね。

尾崎: 長銀と日債銀の保険代理店はGLTD分野でそれなりにビジネスをやっていたんですか?

鳥越: いえ、両社ともGLTDは全く販売していませんでした。両社が売っていたのは火災保険や自動車保険、がん保険といった、一般的な保険商品だったんです。
 実は、買収の目的は、GLTDの販売実績ではなかったんです。我々のような知名度がない企業が大手企業に保険の営業をかけても全然信頼されないし、そもそも会ってもくれませんでした。したがって、顧客基盤とブランドがある販売網が喉から手が出るほど欲しかった。この点、長銀と日債銀の代理店は、親銀行の看板とルートを使って数百社の顧客基盤がありましたから、非常に魅力的でした。顧客基盤と銀行ブランドによってGLTDも一緒に売れると期待したのです。

尾崎: 御社にとっては金融不況がいい方向に働いたわけですね。当時の長銀、日債銀は実質破綻したといっても、看板の力は残っていました。今では、名もないネット保険企業がゼロからビジネスを伸ばしていますが、当時はそのようなことは不可能でしたからね。両行への公的資金注入は社会的批判が強かったので、本業と関係ないところは大胆に売却してリストラの姿勢を見せなければなりませんでした。今、ベンチャー企業が銀行に同じ申し出をしても、相手にされないでしょう。

鳥越: ええ、そう思います。また、当時はグループ企業を売り買いすることが日本ではまだ一般的でありませんでした。破綻企業が傘下のグループ企業を売却する事例のエキスパートもいませんでしたし、そもそも申し込んでも相手にされるとは思いませんでした。ただ、我々は昔から「できないことはない」という発想をするので、とりあえず金融庁、長銀、日債銀に「代理店に興味があるので詳細を教えてくれませんか」と電話したところ、先方が意外にも交渉に応じてくれたのです。
 買収の際、大手企業と競合したようですが、そこには勝つことができました。しかし、何故、勝ったのかいまだに分かりません。ここからは私の想像ですが、長銀と日債銀は旧政府系銀行らしく、「日本経済をどうするか」という責任感があったことが関係したと思います。その頃、両行はベンチャー支援もやっていましたから、「これから日本経済にはベンチャー企業が必要だ」という意見の人が内部にもいらっしゃったのでしょう。当社の関連ファンドであるAPも含め、アドバンテッジグループに融資していたこともあり、「それだったら、大手ではなくベンチャーにやらせてみたらいいんじゃないの」という声が出たのでしょう。

尾崎: あの頃、経営破綻に陥った銀行・保険が多く、売却対象資産が市場に溢れていましたが、買収資金の調達が大変で、「買いたい」と手を挙げる人が本当に少なかったことを記憶しています。今のようにPEファンドが多ければ、全く状況は違ったと思います。当時、PEファンドはAPを含めてごく限られた数しか存在していませんでしたから。

鳥越: 競合が少なかったことが幸いしましたが、同時に我々のスピード感が先方に評価されたと思います。大会社は意思決定にすごく時間がかかりますからね。先方は関連会社の整理を急いでいましたから、とにかく早く意思決定できるという理由で、我々が選ばれたのかとも思います。

日本における「バイアウト・ファイナンス第1号」となって

尾崎: 当時を振り返ると、日本経済が傾くような金融危機は、逆にベンチャーにとって多くのチャンスを生みだしたことになりますね。ただ、本業の資金調達ができずに経営危機に陥ったベンチャーも少なくありませんでした。御社はよく買収資金が手に入りましたね。

鳥越: それは良いご質問です。買収のお金をどう捻出しようと考えても、当時は従業員10人にも満たない零細ベンチャーで、当然キャッシュも資産もないわけですよ。そこで、銀行に相談し、「プロジェクトファイナンス」と「MBO」(マネジメントバイアウト、経営陣による企業買収)を融合した新たな手法である「バイアウト・ファイナンス」を組んでもらいました。これは国内初の試みだったそうです。おかげで何の担保もなしに億単位のお金を借りることができました。

尾崎: プロジェクトファイナンスは、普通だったら銀行からお金を借りることができない企業でも、優良な買収案件を見つけてくれば、買収案件の将来キャッシュフローを担保に銀行から借りる仕組みです。買収案件が担保なので、買収元の企業が破綻しても銀行は損害を被らないことになっています。

鳥越: 富士銀行(現みずほ銀行)にお願いしたのですが、当時の日刊工業新聞にもこの手法による買収は「日本国内で初めて」と報道されました。

尾崎: 日本の金融史に残る話じゃないですか。海外では日本の銀行も長年プロジェクトファイナンスをやっていましたが、国内での歴史はそれほど長くありません。最近では、太陽光発電などで多用されていますが、当時はまだ黎明期でしたからね。

鳥越: その時従業員が7~8人しかおらず、お金もない会社が、よその会社のキャッシュフロー見せて、「これだったら絶対儲かる」と言って、銀行に借りたわけです。当時としては画期的でした。
 キーポイントは、事業計画にがん保険を含めたことです。個人ががん保険に加入して、がんと診断されると、終身でずっと保険金をもらえます。また、がんと診断されるまでは、これから病気にかかるリスクは消えません。したがって、がん保険は解約率が非常に低く、販売する側にとって長期の安定したキャッシュフローになるのです。したがって、GLTDの販売がうまく行かなくても、最悪、がん保険だけで何とかなると思っていました。

尾崎: あのような金融不況の時に、富士銀行は新しいことをやっていたんですね。

鳥越: すごい銀行だと思いますよ。どこの誰かもわからないやつらに、億単位で貸したわけですから。

メンタルの病気は企業負担が大きい

尾崎: 富士銀行のことを見直しました。今の銀行は、担保なしではなかなかお金を貸しませんが、ベンチャー企業の将来キャッシュフローを評価してお金を貸すことが日本経済の成長に必要だと再認識して欲しいですね。ところで、GLTDから始まって、現在の御社の本業である「メンタルヘルス事業」につながるわけですが、何をキッカケに変わったのですか?

鳥越: 実は、お客さんとのふとした会話がキッカケです。GLTDを販売するには、必ず社内で病気にかかっている人のデータをもらわなければならなりません。保険金の支払いは、病気になって3か月から6か月の免責期間がありますが、免責準備のために30日以上の休職者のデータは必ず出してもらいます。せっかくなので、30日以上の休職者がどんな理由で休んでいるのかを統計にしてお客さんにフィードバックしていました。
 その当時、メンタルが原因の休職者が30数パーセントで、第1位でした。それをあるお客さんに指摘したところ、「いやー、実はそうなんです。メンタルの休職が増えているんだよね」と、先方も乗ってきました。また、そのお客さんは「メンタルの病気は他の病気と違います。ひとたび発病すると個人だけの問題で済まず、会社の責任が追及されるんです。従業員のメンタルの病気は、企業にとってのコスト負担が大きいんです」という指摘をされました。

尾崎: メンタルの病気は企業負担が大きいとはどのような意味ですか?

鳥越: 糖尿病やがんで従業員が休職すれば、もちろん会社にとって損失ですが、メンタル不調で休むと現場の混乱がより大きくなります。休職前から、生産性の低下が発生するケースが多く、上司や同僚に負荷がかかり、休んだら休んだで、「不慮の事態が発生しないか」と、人事や総務の職員が自宅まで見に行く羽目になります。このように、メンタルの病気は、他の病気に比べて企業のコスト負担が格段に高いのです。
 GLTDはメンタルの病気が起きたら保険金を払う仕組みですが、これは事後対応です。前回お話ししたように、メンタルの病気では、なるべく早く見つけてコストを最小化する必要があります。そこで、「病気を未然に防ぐサービスはないのか」とお客さんに聞かれたんですよ。

尾崎: 当時は企業側にメンタルの病気を未然に防ぐという意識は殆どなかったですよね。

鳥越: 調べてみると、米国にはEAP(Employee Assistance Programの略、従業員支援プログラム)というサービスがあり、社外のカウンセラーなどがメンタル問題の予防の手伝いをしていることが分かりました。これをきっかけに、メンタル問題を改善するサービスを始めたんです。

 創業直後の大変な時期を「できないことはない」という精神で乗り切り、顧客とのふとした会話からメンタルヘルスケアという現在の中核事業に参入した経緯をお聞きしました。次回は、何故、日本企業でメンタルの問題が増えたのか、これからのメンタルヘルスケア事業の姿についてご意見を伺いました。

鳥越慎二(とりごえしんじ)/1962年、新潟県 生まれ。東京大学経済学部卒業、ノースウエスタン大学MBA。米ベイン・アンド・カンパニー勤務後、アドバンテッジパートナーズに参画。1999年、アドバンテッジリスクマネジメントを設立し、2006年、大証ヘラクレス(現JASDAQ)に上場。

Copyright©2013 Hiroyuki Ozaki. All Rights Reserved.


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