「ネット企業は政治と無縁」という固定観念から裁判が始まった:ゲスト ケンコーコム後藤玄利社長 その1

投稿日2013/07/04

ネット企業は政治と無縁」という固定観念から裁判が始まった:ゲスト ケンコーコム後藤玄利社長 その1

5月下旬、ケンコーコム株式会社の福岡オフィスを訪ねました。社長の後藤玄利さんにお会いするためです。ケンコーコムは、一般用医薬品、健康食品、化粧品などを取り扱う「日本最大級の健康関連販売サイト」です。一般用医薬品とは、医師の処方箋が不要で、薬局、ドラッグストア、インターネットで購入できる薬を指します。

後藤さんがケンコーコムを立ち上げたのが1994年。同社はダイレクトメールによる健康食品販売からスタートし、2002年に医薬品ネット販売を開始しました。医薬品販売サイトという新しいジャンルは消費者の支持を得たのですが、ネット販売は2009年の厚生労働省令で禁止されます。「医薬品には副作用があり、薬剤師を置く薬局やドラッグストアにおいて『対面で』販売しないと、安全性に問題がある」というのが禁止の主な理由でした。

 しかし、ネット販売でも薬剤師によって安全情報が提供されています。ネット販売を快く思わないドラッグストア業界の政治的な圧力が省令を作りだしたことは事実です。順調に伸びていたネット販売を突如禁止された後藤さんは、2009年5月、ウエルネットとともに、政府の規制が不当だと行政訴訟を起こしました。一審では後藤さんらの訴えは退けられましたが、二審でネット販売は認められます。ところが、二審で敗訴した政府は最高裁に上告しました。そして、2013年1月、「ネット販売を禁止する省令は違法」という最高裁判決が出たのです。後藤さんたちの主張が全面的に認められた瞬間です。

 安部首相は6月5日の講演で、「総ての一般医薬品のネット販売を解禁する」と、これが成長戦略のひとつであることを宣言しました。後藤さんは、まさに「時の人」となったのです。

ネット企業には「行政と根回しする」という文化はなかった

尾崎: お久しぶりです。最近は福岡オフィスにいらっしゃることが多いようですね。

後藤: ええ。震災後の事業継続とコスト削減の観点から東京から福岡に本社機能を一部移しました。それで、福岡にいることが多いんです。

尾崎: 裁判の話になりますが、最高栽の判決、おめでとうございます。長かったでしょう。最初に省令で禁止されてから4年近く経ちましたからね。

後藤: はい。といっても、まだ議論は続いていますので。

尾崎: 最高裁の判決が出た後に、医薬品ネット販売のルール作りが厚労省で行われていますね。後藤さんは検討会のメンバーですから、いつ役所に呼び出されるか分からないでしょう。

後藤: 福岡に拠点を移したつもりが、しょっちゅう、東京に呼び出されています(笑)。最高裁判決まで出たのに、残念ながら検討会ではネット販売を禁止する品目を残したいという意見が消えませんでした(筆者注:5/31に検討会は終了した)。重要なことは、ネット・対面に限らず「安全な販売方法」を議論するべきなのですがね。

尾崎: 是非、正論で押して下さい。ところで、行政訴訟を起こすには勇気が要ったと思います。振り返ってみて、「こういう対応をすれば、当局との交渉をもっと楽に進められたのに」という反省点はありますか?

後藤: そもそも出発点で、こうなる前に止められたかもしれないという反省はあります。うちが上場する直前の2003年から04年頃、この問題が顕在化しつつありました。日本チェーンドラッグストア協会(以下ドラッグストア協会)がネット販売に反対して、厚労省に根回しを始めていました。2004年、厚労省に薬事法改正のための検討部会ができ、医薬品販売の制度改革の審議会が立ち上がった時、既に根回しは終わっていました。我々はそのプロセスを知らなかったんです。我々が標的になっていたことまでは分かりませんでしたが、これはまずいと思って、慌てて働きかけを始めました。

尾崎: 厚労省やドラッグストア協会と会話する際に、根回しが水面下で行われていることには全く気づかなかったのですか?

後藤: というよりも、大半のネット企業には行政と根回しするという文化がなかったんです。うちもそうでしたが、同業他社は政治的な活動など一切やりたくないという人ばかりでした。そもそも組織に従うなんてまっぴらごめんという人ばかりです。行政に一言言うと嫌がらせされるし、当時ネット販売は認められていましたから、「寝た子を起こしたくない」という感じでした。したがって、我々が、審議会が立ち上がったから大変だと言っても、周囲の企業は皆、無反応でした。そもそも、ネット企業には「政治に働きかけるのは汚い」という考えもあり、そういうことを嫌う人ばかりでした。

尾崎: 昨年の米国大統領選では、オバマ大統領のスポンサーとして、シリコンバレーの有力ネット企業がズラリと顔を揃えていました。2003、04年当時はグーグルも政治には関心がなかったのでしょうか。

後藤: 最初は関心がなかったと思います。途中でエリック・シュミット(2001年から10年間、グーグルCEOを務めた)が入って雰囲気が変わったかもしれません。

尾崎: 楽天の三木谷浩史社長は今や政府の産業競争力会議の民間委員として政治の世界でスポットライトを浴びていますが、当時は三木谷氏も政治に興味がなかったのですか?

後藤: 実は当時、楽天にも相談したのですが、「審議会が立ちあがったと言っても、ネット販売を禁止するなど、そんな冗談みたいなことはやらないだろう」という反応でした。あまりにも審議会の規制案がひどかったので、「そんなこと本当にやるはずがない」と思っておられたようです。

 既得権を持った業界が役所と協力して新興勢力を抑えにかかることはよくあります。ただ、売上を比べると、ネット販売はドラッグストア業界にとって大した脅威ではないはずです。むしろ、スーパー、コンビニ、ディスカウントストアが自由に医薬品販売を行う方がずっと怖いと思います。この点が疑問だったので、聞いてみました。

ネット販売はドラッグストアの業界再編にとって邪魔だった?

尾崎: 当時を振り返ると、「もう少し頑張って他社を説得すれば良かった」という反省はありますか?

後藤: 頑張っても、結局は難しかったと思います。当時は業界で話に乗ってくれる人が全くいませんでしたから。

尾崎: 話が表に出るまで、誰も重要性を理解しなかったということでしょうか。

後藤: ドラッグストア協会でネット販売禁止を進めたキーマンが誰か分かっていたのですが、彼など「自分に一言声をかけてくれれば良かったのに」と今でも言われます。ただ、そうやって先方に取り込まれていたら、マイナス面が強くなったかもしれません。

尾崎: 当時のネット販売の業界規模は20~40億円ですが、ドラッグストア協会はネット販売を脅威と感じていたのでしょうか。

後藤: いえ、脅威とは感じていなかったと思います。でも、我々が「余計なこと」をしていると思ったのでしょう。「お前ら始めるのが早すぎる」と言われました。

尾崎: 始めるのが早過ぎる?いつならよかったというのですか?

後藤: 当時のドラッグストア業界は中堅企業が乱立して、業界内の秩序がまだできていなかったようです。トップ企業でも売上1,000億円程度しかなく、過当競争を防ぐためにグループ化・業界再編が必要で、早期に1兆円企業を作りたいと彼らは言っていました。その合従連衡がまだ終わっていないので「再編が終わったらネット販売も始めましょう」と言っていました。(筆者注:ドラッグストア協会は2013年6月14日、会員企業に自粛要請をしていた医薬品ネット販売を解禁した)

尾崎: 勝手な人達ですね(笑)。

後藤: 勝手です(笑)。今は雌雄を決めなければいけないから、それまで3年間、ネット販売は待ってくれと言われていました。

尾崎: 今の話、例えば、楽天のようなイーコマースをデパートやスーパー業界が潰しにかかるのと同じですね。楽天でも似た話はあったかもしれませんが、ここまで露骨なケースは聞いたことありません。

後藤: ドラッグストア協会と厚労省がグルになって嫌がらせをしたからおかしくなったんでしょう。

尾崎: 同じようなことは、医薬品販売以外の他の業界でもあるでしょうね。

後藤: 例えば、理容業界がそうです。駅前の狭いスペースで格安の散髪をするQBハウスも同じ目に遭っています。都道府県の理容組合が自治体に掛け合って、理髪店は洗髪用の設備を整えなければならないという条例が作られました。

尾崎: 医薬品販売に薬剤師が必ず「対面で」販売しなければならない規制と一緒ですね。

後藤: QBハウスは「髪を切る」というサービスに特化して、シャンプーなどの付随サービスを切り捨て、その分値段を安くしています。この嫌がらせは効果的で、当時のQBハウスの社長はシンガポールなどにビジネスを移さざるを得なくなりました。

尾崎: ドラッグストア業界との競合はどう考えていますか。

後藤: 対面によるドラッグストアとネットは共存すると思います。従来の事業を捨ててネット専業でやるというドラッグストアが出てくれば脅威ですが、あくまでも、彼らはネットを本業のオマケだと思っているようです。そうであれば、脅威ではありません。

 権力と闘いながらビジネスを伸ばした人のなかには、エキセントリックなタイプの人が少なくありません。しかし、後藤さんは冷静で物静かなタイプです。
 後藤さんがケンコーコムを始めたキッカケは、実家のうすき製薬(大分県臼杵市)を継ぐのではなく、自由に大きな仕事をしたいと思ったことだそうです。彼が行政に向かって正論を押し通したのは、その創業の時の気持ちが支えていたのでしょう。また、彼は日本における電子商取引(イーコマース)の先駆けでもあります。次回、イーコマースを立ち上げ、試行錯誤の中、懸命に前進した様子をお聞きしたいと思います。


後藤玄利(ごとうげんり)/1967年大分県生まれ。東京大学教養学部卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)入社。1994年、ヘルシーネット(現ケンコーコム)を立ち上げた。

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