日経ビジネスオンライン「戦略論で読み解くグリーンラッシュの焦点」コラム最終回です。
電気料金値上げにいかに歯止めをかけるか: スマートグリッドの成功に必要な「新しい市場価値」と「パッケージ化」
電気料金値上げが避けられなくなった
原子力発電所の停止により火力発電用の燃料費が大幅に増加しているため、5月1日から関西電力と九州電力は、電気料金を各々平均9.75%、6.23%値上げした。ほかの電力会社も同様の状況で、東京電力が昨年9月に値上げしたほか、北海道電力、東北電力、四国電力も政府に値上げを申請している。また、4月30日に発表された電力10社の業績を見ると、北陸電力、沖縄電力を除く8社が最終赤字となった。
電力会社の業績が好転する兆しは残念ながら見られない。原発の再稼働のメドが立たず、円安によって天然ガスの輸入価格が上昇傾向にあるためである。ただ、電力業界の赤字を埋めるために電気料金を際限なく上げることも政治的に許されない。原子力・安全保安院の改組と同時に政府の電気料金値上げ査定が厳しくなったため、電力会社は必死に燃料費の削減努力を行っている。
ただ、燃料費削減など電力供給側のコスト削減努力にも限界がある。そうであれば、電力の供給側と需要側が協力して従来までの発想と異なる省エネ努力をするしかない。ここで重要なことは、両者が協力して「新しい市場価値」を創造することと、「商品のパッケージ化」である。
これら2つの概念は、マイケル・ポーター米ハーバード大学教授が唱えた「バリュー・チェーン」と関連している。この概念は、企業活動のうち、購買物流、製造、物流、マーケティング、販売、サービスなどの各プロセスにおいて付加価値を積み上げていく状況を分析するものである。バリユー・チェーンはもともと1つの企業内部の効率性向上と競合他社との差別化を実現するために利用される理論であったが、スマートグリッド分析の場合、一企業で完結するのではなく、パートナー企業と提携した形でのバリュー・チェーンを作ることが重要となる。
「スマートグリッド」が電力の供給と需要の距離を縮める
電力の供給側と需要側を効率的に結び付けるのは、新しいビジネスである。米国人はまだ形がないビジネスをコンセプト化することが得意で、新ビジネスを「スマートグリッド」と名付けている。
スマートグリッドとは、電力ネットワークを、インターネットの通信方式をヒントにして電力の需給関係を効率的にマネジメントする仕組みである。電力は送電中に熱が出てエネルギー・ロスが出るし、停電を出さないよう真夏のピーク時に対応できる余分な発電能力を備えておかなければならない。どうしても非効率になってしまうのだ。
この非効率性の改善が期待されるスマートグリッドの「グリッド」とは送配電網を意味し、「電力版インターネット」と呼ぶことができる。インターネットは情報の出し手と受け手を即時につなぎ合わせ、情報の流れを効率的にする。網の目状のネットワークを相互接続する通信機器としてルーターがあるが、この仕組みがエネルギーの供給と需要の接続に応用されるのだ。
スマートグリッドは、具体的には次の要素を組み合わせたトータルシステムである。
・時間帯によって電気料金を変えて、ピーク時の電力が過大にならないようにすること
・電力会社の供給能力と企業や家庭の電力需要量を随時把握して、両者を効率的にマッチングさせること
・グリッド内で電気が流れるルートを最適化し、特定個所の負担増加によってロスが起きないようにすること
・運営コスト負担を減らすため、二酸化炭素(CO2)削減によって利益を得る仕組み(カーボン・クレジット)を組み入れること
スマートグリッドは単にエネルギーの無駄を省くだけでなく、事業上の「新しい市場価値」を作ることを目指して、多くの企業を参入させる仕組みでもある。仕組みを実現する過程で、エネルギー、家電、ソフトウェア各業界が協力して、新しい産業の形成が期待されている。
今まで疎遠だった企業同士が協力する
「スマートグリッド」という言葉は、2005年に米国の電力業界誌で紹介されたことをキッカケに一般的になったとされている。その後、従来まで、縁が薄かった企業同士の協力関係が生まれた。エネルギー、家電、住宅、自動車、ソフトウェアなどの企業が、「スマートグリッド」を通じて提携し、新しい市場価値を世間に提供する試みが始まったのである。米GTMリサーチ社によると、スマートグリッド関連ビジネスとして、新しい構想が多岐にわたって用意されている。
スマートグリッドの基本は「スマートメーター」である。現在はアナログ電力計が使われており、電力会社の社員が家庭に据え付けたメーターの針を見て電気使用量を確認するが、スマートメーターはデジタル計である。
アナログ計では時間帯ごとの電気使用量は計測できないが、デジタル計があれば、電力使用量をリアルタイムに把握でき、時間帯によって電気料金を変動させるなど、今までできなかった省エネサービスが可能になる。さらに、電気代が高い昼間の電力利用を控えて安い夜に利用し、余った電気を足りないところに融通する「デマンドリスポンス」も可能になる。
米国では、2013年に2600万世帯にスマートメーターを導入する政府目標が出されている。従来は砂漠や牧草のような超過疎地でも、電力会社の係員はわざわざ各戸に出向いて検針しなければならないが、スマートメーターを導入すれば、通信機能を使って電気使用量が確認できる。電力会社の省力化にも役立つのだ。
スマートメーター以外に、グリッドをインターネット仕様に変える「グリッド最適化」、多彩な省エネ方法に対応する「スマート家電」、電気自動車の電池を家庭用蓄電池として利用する「ヴィークル・トゥ・グリッド」、スマート家電の仕組みを家全体に拡張する「スマートハウス」、これを商業ビルに拡張した「スマートビルディング」などの新市場が期待されている。英エネルギー研究所や独シーメンスの予想によると、数年間で世界市場が3兆5000億円から4兆円まで成長すると見られている。
「インテルが入っている」風車とは?
エネルギー産業と一見無関係な企業の進出が見込まれるのがスマートグリッドの特徴である。
米インテルはスマートグリッドを大きなビジネスチャンスと考えている。インテルは自社マイクロプロセッサーをパソコンの基幹部品にして大きな利益を出してきたが、同じようなことをスマートグリッドでも目指している。
例えば、風力発電の最適化がインテルの事業機会となる。風の向きや強さは刻一刻と変化し、風況によって風車にかかる負荷が複雑に変化する。そこで、風の変化をリアルタイムに把握して、風車の角度・回転抵抗などを自動的に調節する機器が、同社によって開発されている。
風況調査を行って風車がよく回りそうな場所に設備が建設されるが、思い通りに回るとは限らない。また、強風でブレード(羽根)が破損することもある。そうなると、発電量が減って投資利回りが下がり、補修費用もかかる。これを防ぐには、ソフトウェアによる最適化が欠かせない。
スマートグリッド機器には、パソコン部品などと異なる性能が要求される。例えば、送電所、配電所の監視、制御を行う機器に搭載するプロセッサー(処理装置)は、耐熱性が高く、厳しい電磁波干渉があっても誤作動は許されない。これらはインテルにとっての新商品開発になる。
また、スマートグリッドの役割をインターネットに似たものと考えるのであれば、標準規格を作る際にもインターネット設計と似た思想が求められる。それは、消費者の支持、オープン性、相互運用性、拡張性、柔軟なアーキテクチャー(設計思想)などである。また、発電所、ビル、家庭など、すべてのエネルギー生産・消費拠点にインターネット・プロトコル(IP)アドレスが割り当てられることが必要で、セキュリティーの強化も行わなければならない。ウイルスによって停電が起きるわけにはいかないからである。
このように、グリッドがインターネット化すると、新しい市場価値を求めて、多くの事業機会が生まれる。インテル以外に、米グーグルは2010年2月に、米連邦エネルギー規制委員会(FERC)から電力取引権の認可を得て、電力事業に参入している。
個別マーケティングでなく商品を「パッケージ化」する
新しい市場価値の提供には商品のパッケージ化が重要である。アラブ首長国連合(UAE)に、スマートグリッドを利用した「マスダールシティ」という計画都市がある。計画を統括するスルダ・ジャベル氏は日本経済新聞のインタビューに対して次のように述べている。
「欧州の企業は新都市の建設計画に関して、都市全体の発展に貢献する付加価値をひとまとめのパッケージで提案して来る。これに対して、日本の企業は個別商品をバラバラに売り込んで来る。我々にとっては欧州企業の方が有益だ」
UAEなどの新興国にインフラ輸出を行うと、法律やタテ割り行政の影響で、ハード建設など個別サービスが優先され、メンテナンス・サービスが十分に提供されない傾向がある。このようにパッケージ化されていない商品は、発注国にとって利便性が低く競争力が下がる。
再生可能エネルギーや省エネを本格的に導入しようと思えば、パッケージ化された「街づくり」のグランドデザインから始めて総合的に行わないと、大きな効果は期待できない。
例えば、再生可能エネルギーを導入しても、家庭やオフィスの省エネが不完全だとあまり意味がない。また、ガソリン車を大幅に電気自動車(EV)に変えても、そもそも車の数が多過ぎれば渋滞が解消されない。単にガソリン車を減らすのではなく、EVの導入と並行して、職住接近の街づくりや公共交通機関の整備を行わなければ効果は出ない。
グリーンエネルギー、スマートグリッド、EVの充電システムを個別に導入しても、街の「全体最適」を考えなければ、あまり意味がないということである。部分最適によって企業は利益を出せるかもしれないが、それでは街に暮らす人に配慮しているとは言えず、持続可能ではない。
スマートグリッドは、利害が異なる多くの企業が協力して新市場を形成する試みである。当然、多くの困難が伴う。プロジェクトに参加する企業が、「新しい市場価値」の創造を理解し、個別商品をバラバラにマーケティングするのではなく、協力して商品の「パッケージ化」の努力を行うことが、スマートグリッドの成功に欠かせない。
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