原発輸出と安全確保は別物だ:  トルコへの原発輸出に対する批判はかくの如く整理するべき

投稿日2013/05/07

原発輸出と安全確保は別物だ  トルコへの原発輸出に対する批判はかくの如く整理するべき

安部首相の原発トップセールスが結実した

ゴールデンウィーク期間の安部晋三首相外遊は中東諸国歴訪で幕を閉じました。トルコ首都のアンカラを訪問中の5月3日、安倍首相はトルコのエルドアン首相と会談し、トルコが建設計画中の原子力発電所について、三菱重工業と仏原子力大手アレバの企業連合に「排他的交渉権」を与えることで両者が合意しました。同時に、日本からの原発輸出に不可欠な原子力協定にも署名しました。今後の企業間の詰めの交渉を経て正式に受注が決まれば、2011年の福島原発事故以来、日本にとって初めての官民一体の原発輸出となります。

本コラム「日ロ経済協力はなぜ不可欠か」に書いたとおり、直前の首相ロシア訪問時は国内の「天然ガス関係企業グループ」が随行しましたが、中東では顔ぶれが一変して、経団連の米倉弘昌会長、トヨタの奥田碩元会長を筆頭に、原発関連企業の大ミッションになりました。民主党政権時代の首相外遊とは一変したのです。

原発輸出にはプラスとマイナス評価がある

ただ、国内外で日本の原発輸出に対する批判が見られます。現地トルコの新聞は、「日本の首相、原発訪問」との見出しを掲げ、日本が原発の輸出を最優先にしているとの論調で冷ややかに報じています。民主党の海江田万里代表は記者団に「規制委員会が基準を出すわけだから、原発輸出はそれを受けてからだ。国内の動きも考えながらやるべきだ」と指摘しています。「原発ゼロ」を目玉政策にしている民主党としては、予想された発言です。

原発輸出はアベノミクスの成長戦略のひとつです。同時に、重大な原発事故を起こした日本が原発輸出を行うのは不適正で倫理的に問題がある。これら正反対の評価が存在するわけです。この状況はどのように整理するべきなのでしょうか。

「安全」と「輸出」の責任が混同されている

まず、これらふたつの主張は原発に関する「責任」の所在が混同されています。全体像を示すと図のようになります。

福島原発事故と原発再稼働に関する安全性責任の所在は、原発管理者の電力会社とそれらを監督する政府にあります。もちろん、原発施設の設計や周辺機器の製造を行った日立製作所や米ゼネラル・エレクトロニクス(GE)などのメーカーにも責任がないわけではありません。ただ、事故に対する一義的な責任はあくまで電力会社と政府にあり、メーカーの品質に問題がある場合は、電力会社からメーカーに二義的な責任追及がなされます。原発のように複雑で多くの企業が関係しているシステムの場合、一社がまとめて責任を取る形でないと、「総無責任体制」になってしまうからです。

原発と似た状況にあるのが航空機です。ボーイング787型旅客機(B787型機)が、今年2月、電池のトラブルによって運航停止措置が取られた際、一義的な責任は、B787型機の組み立てメーカーの米ボーイング社、航空会社、そして、監督する政府にあるとされました。運航停止の直接的な原因が電池発火事故であっても、電池メーカーであるGSユアサの一義的な責任は追及されていません、ボーイングからGSユアサに二義的責任追及がなされるだけです。

これに対して、「原発輸出に関する責任」とは何でしょう。日本の技術によってトルコで原発が建設される場合、安全性に関する一義的責任はトルコ政府と電力会社にあります(新興国では両者が区別されていないことが多いですが)。トルコに技術を輸出する三菱重工は品質に対する責任を問われますが、それは安全性の一義的な責任ではなく、事故が起きた際にトルコ政府から追求され得る二義的な責任になります。また、日本政府や電力会社は安全性責任とは無関係です(ただ、電力会社が技術輸出グループに加わっている場合は別ですが)。今回、安部首相がトルコと調印した原子力協定は日本企業が輸出するための環境設定であり、政府が事業主体になるわけではありません。

このように、原発輸出と国内の原発安全管理は全く別物であり、国内の安全対策が不完全だからという理由で、輸出を批判することは論理的ではありません。海江田代表の批判は的外れと言えます。

日本は安全性責任を新興国に押しつけてはならない

しかし、両者別物といっても、安全性責任は新興国政府に押しつけたままで、日本企業は利益を追い求めて良いのでしょうか?世界の原発市場は決してそうなっていません。海江田氏が批判するのと異なった角度での責任が原発輸出にはあります。

まず、原発管理の知識や経験が乏しい新興国政府に原発を売る責任です。3年前、日本からベトナムに対して、原発技術を輸出することが決まりました。そのベトナム国内から日本への批判が存在します。ベトナム国立ハンノム研究所のグエン・スアン・ジエン博士は、4月9日付け毎日新聞で、「ベトナムの技術・管理レベル、政府の行政能力、汚職や腐敗がはびこっている状況からして、日本からベトナムに原発を輸出してほしくはありません」と語っています。トルコ紙の冷ややかな論調もこの点を指摘しているのでしょう。新興国は経済成長にエネルギーが必要なために原発導入に熱心ですが、日本は新興国政府に対して安全確保を十分に指導する責任があると言えます。

次に、従来一部の先進国にしか持っていなかった原発を新興国に広げる責任が存在します。原発管理の責任は各国政府にあるといっても、ひとたび事故が起きると、「ひとごと」でなくなります。中国原子力産業協会によると、中国国内の原発発電量は2015年までに現在の3倍以上に増える計画になっています。計画どおりになると、中国は世界の原発発電の10%を担うことになります。もし、中国で原発事故が起きると、偏西風に乗って、黄砂とPM2.5だけでなく、放射性物質が日本に飛来することになります。また、影響があるのは、地域的に近い中国や韓国の事故だけではありません。もし、中東で原発事故が起きると、原油輸送に支障を来たし、世界経済が大混乱に陥る可能性があります。

三番目の責任は原発技術を日本が開発する責任です。これから国内での原発新設がほぼなくなるので、海外市場に活路を求めることが原発輸出の背景にあります。ただ、日本は新設や再稼働をしなくても、原発と縁を切ることは決してできません。福島原発の廃炉、放射性廃棄物の中間処理、最終処理の技術開発など、やるべきことが山積です。たとえ再稼働を行わなくても、各原発に山積みになっている使用済み核燃料がなくなるわけではありません。つまり、再稼働の有無にかかわらず、原発技術の開発は日本国内で必要であり、国内再稼働ができなくても、原発輸出を技術維持の現場として捉えるべきということです。技術開発には現場の存在が不可欠です。あまり儲からないスーパーコンピューターが半導体の技術開発に役立っていることと同じです。

今回、トルコからの原発受注の排他的交渉権を与えられたのは、三菱重工と仏アレバの企業連合です。世界の原発技術開発に国境はなくなりつつあることが分かります。日立と米GEは原発の合弁企業を持っているし、東芝は米ウェスティングハウスの親会社です。原発輸出と安全性の「国境の議論」にこだわって、日本から世界市場への展開を遅らせることは国益を失うだけです。

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