アベノミクス「規制改革」に落とし穴?

投稿日2013/03/27

アベノミクス「規制改革」に落とし穴?: 環境規制の役割を改めて考えてみる
2013年3月13日(水)  尾崎 弘之
 安部晋三政権の「3本の矢」のうち、具体的な内容がよく分からないと言われているのが、3本目の「成長戦略」である。ただ、全体の輪郭はある程度、見えてきた。首相官邸の「産業競争力会議」では、「イノベーション/IT政策の立て直し」「攻めの農業政策の推進」「クールジャパンの推進」など10個の検討項目が挙げられている。
 ここで注目したいのは、10項目の先頭に「規制改革の推進」がうたわれていることである。規制改革は「雇用関連、エネルギー・環境関連、健康・医療」に重点が置かれており、民主党政権の政策と大して変わらない。規制改革の重要ポイントは政権が変わっても一緒ということだ。また、規制改革が成功しなければ、ほかの項目も実現できない構造になっており、三木谷浩史楽天社長をはじめ、会議メンバーは規制改革の必要性を声高に主張している。
 小泉純一郎政権時代にも、ビジネスにとって規制はとかく「悪者」にされた。ところが、金融規制の緩和がリーマンショックや欧州危機を招いたことも事実である。すなわち、「規制=悪」と一元的に片づけられないのであり、改めて規制の役割について考える必要がある。今回は、環境規制に絞って、その役割を分析する。
規制が必要な4つの理由
 米ハーバード大学教授のマイケル・ポーターは、『環境、イノベーション、競争優位』と題した1995年の論文で、社会が環境に関する規制を必要とする理由として、表1の4つの項目を挙げている。これらのタイプ別の規制の役割を分析すると、悪者だけではない存在意義が見えてくる。
新規産業を育成する「外圧」となる規制
 環境規制は、企業に新しい行動を取らせる外圧として働くことが多い。例えば、再生可能エネルギー(再エネ)は高コストなので、補助金などで市場を作り出す規制が不可欠である。太陽光発電、風力発電、燃料電池、電気自動車の研究開発に対する補助金、再エネの導入目標の設定、車の燃費規制、CO2(二酸化炭素)排出規制などがこれに相当する。
 研究開発に補助金が出れば、企業は技術革新やコスト削減を行い、新規事業に挑戦しやすくなる。同時に、燃費規制やCO2排出規制をかけると、ペナルティーを払いたくない企業は必要な投資を行う。
 米カリフォルニア州の「ゼロ・エミッション・ビークル規制(ZEV規制)」は、ペナルティーを利用した規制の例である。ZEV規制によると、州内で製品を販売する自動車メーカーは、自社製品の平均的な燃費を一定水準以上に保たなければならない。
 言い換えると、メーカーにとって利益率が高いガソリン車を販売したければ、燃費は良いがあまり儲からない電気自動車(EV)やプラグイン・ハイブリッド車(PHEV)を一定割合作らなければならないのだ。
 この規制により、米国では、EV生産を行うベンチャーが数多く存在する。真面目に製品開発している企業もいるが、「ゼロエミッション・ビークル・バンク・クレジット(燃費改善権)」を狙っている企業が少なくない。
 EVを生産すれば燃費改善権を得ることができるので、その権利をZEV規制の対象である自動車メーカーに販売する。そして、自社製品だけではZEV規制をクリアできない自動車メーカーが、買い取った燃費改善権を合算して、トータルで規制をクリアする。後述するCO2排出権取引と同じ考え方である。
「初期段階だけ支援」する規制
 補助金と似た効果があるが、期間限定であることを強調して、企業に早く新規事業に参入させるタイプの規制がある。
 代表的なものは、再エネ導入に使われる「フィードインタリフ(FIT)」である。FITは、風力、太陽光など割高な再エネを普及させるために、火力、原子力との価格差を一般電気ユーザーが負担する仕組みである。2012年7月から日本で施行されている「再生可能エネルギー固定価格買取制度(再エネ買取制度)」はFITの一種である。(図1参照)
 FITは短期間での再エネ推進を目的としているので、当初の買取価格は割高で、時間がたてば安くなるよう設計されている。つまり、いつまでもFITを頼っていては非効率が放置されるので、企業にコスト削減の努力を促すのである。
 1月30日の本コラムの記事(再生可能エネルギーは一般消費者にとって“おトク”になり得るか?)で書いた通り、FITは再エネのコストが火力・原子力発電などと同水準まで下がる「グリッド・パリティ」が達成されるまでの橋渡しの役割を持つ。
企業の製品プロセスを環境に良いものに「浄化」する規制
 課税以外で企業の活動を制御する方法がある。「CO2排出権割り当て」は、国別のCO2排出量の上限を国際合意によって決め、世界全体のCO2排出量を削減する取り組みである。1998年の京都議定書において制度が導入された。
 CO2排出量を十分に削減できなかった場合はペナルティーを課せられる。対策として、自国内で目標とする削減量に届かない場合は、他国からCO2排出権を「調達」することができる。京都議定書で認められた3種類の調達方法の1つである「クリーン・ディベロップメント・メカニズム(CDM)」では、日本企業が、省エネコストが安い中国で行うCO2削減事業が、日本のポイントとしてカウントされる。
環境投資を「公平化」する規制
 多くの企業や個人が環境投資を行えば、規制の効果が上がる。そのためには、環境投資を行わなかった場合の罰金や税金といったペナルティー以外に、環境投資を行う褒美(インセンティブ)を設ける仕組みもある。燃費が良い車を買うユーザー(環境投資を行った人)に報いるエコカー減税・補助金が、その例である。
 トヨタのハイブリッド車(HV)「プリウス」は1997年の販売開始後10年以上も、海外販売が主流であった。その後、プリウスの国内販売が急に増えたのは、2009年4月にエコカー減税・補助金が開始されてからである。それ以降、エコカー減税・補助金の対象車が販売上位に並んでおり、環境投資のインセンティブは有効に働いていることが分かる。
市場を歪める環境規制
 以上のように規制はグリーンビジネスにとって重要な役割を果たしている。ただし、環境規制には市場を歪めるリスクが内在されている。マイケル・ポーターは2011年に発表した『共通価値の戦略』という論文において、「政府は規制による社会的利益と経済的利益にトレードオフがあるのは当たり前と考えている。環境規制の多くはいまなお企業をまごつかせる」と述べている。
 規制によって企業活動が何らかの誘導を受けている分野では、その反動が出ることも想定しておく必要がある。エネルギー・環境分野は、とりわけ規制の影響が大きい。
 規制が市場を歪めている例として、再エネ固定価格買取制度と太陽光発電の関係について述べる。
割高な太陽光発電に偏重する再エネ固定価格買取制度
 再エネ買取制度は太陽光発電が集中的に推進される構造になっている。まず、太陽光の初期投資負担は全再エネのなかで最も低い。政府の価格算定委員会によると、太陽光の施設建設費は発電量1キロワット(kw)あたり 32.5万円である。これに対し、地熱は79万円、中小水力は80万円、ガス化バイオマスは392万円である。
 また、太陽光以外のエネルギーは、技術的な問題で参入障壁が高い。プロジェクトを準備して実際に発電できるまでの期間を見ると、太陽光が1年であるのに対し、風力が4~5年、地熱は9~13年もかかる。工事の手間が多いだけでなく、風力や地熱では環境アセスメントや地元の住民との交渉に時間を割かなければならない。
 以上の理由で、買取制度では、太陽光に資金が集中してしまう。資源エネルギー庁によると、2012年8月末までに設備認定を受けた再エネ発電容量(住宅用太陽光は除く)のうち、メガソーラーが73%を占めている。第二位は風力の26%、中小水力、地熱の認定はゼロであり、太陽光が圧倒的に多い。
 太陽光発電に投資が集中し過ぎると、なぜ弊害があるのか? それは、太陽光のように夜間と曇りに発電しない効率が悪いエネルギーに資金が集中すると、再エネ全体の比率が高くならないのに一般電気ユーザーの負担が増えてしまうからである。
「最大の失敗」と酷評されたドイツの太陽光発電推進策
 FIT規制による市場の歪みは、日本が模範としているドイツでも起きている。ドイツは1990年にFITを国レベルで初めて採用した。ドイツ環境省によると、2011年の全電力消費量に占める再エネの比率は20.3%で、過去5年間でほぼ倍増した。このうち、太陽光の比率は3.2%で、8.2%の風力や6.1%のバイオマスと比べると少ない。
 ドイツの週刊誌シュピーゲルの2012年1月18日記事『太陽光発電補助政策の落とし穴』によると、ドイツの太陽光発電推進の累計コストが2000年からの11年間で約1000億ユーロ(10兆円)もかかったのに、それに見合う効果が出ていないという批判が起きている。同誌は「太陽光発電補助政策はドイツ環境政策の歴史で最も高価な誤りになりうる」と指摘した。
政策と市場のスピードが異なるために起きる弊害
 FITの導入によって、通常であれば赤字の太陽光発電事業者が、長期間安定して利益を出すことができる。作った電気は、電力会社が買い取りの価格と期間を保証してくれる。しかも、条件は法律で決められているので、投資リスクはほとんどない。銀行も安心して再エネ発電事業者に融資できる。ここに市場を歪める原因があるのだ。
 規制が市場を歪める原因は、製品・サービスの価格は予想以上に早く変化することが多く、規制で取引価格を調整しても変化についていけないことである。太陽電池の取引価格は随時公開されているわけではないので、市場調査をするにも時間がかかる。結果的に市場価格と規制で決めた買取価格の間にギャップが生じやすい構造になる。
 FITなどの規制は新たに市場を作るうえで不可欠だが、市場メカニズムを過度に歪めない柔軟な設計が必要である。既得権益化して、再エネの普及やコスト削減といった規制の本来の目的から乖離しないような設計が必要である。
 国際的ノンフィクション作家のダニエル・ヤーギンと英ケンブリッジ大学のジョセフ・スタニスローは『市場対国家』(日経ビジネス人文庫)において、次のように述べている。
 「経済が政治より優先され、国の求心力、経済ナショナリズムが意味を持たなくなったと考えるのは大きな誤りである。各国政府は、ある部分では介入を減らし、別の部分では介入のための新たな手段を整備して焦点を絞り直すことで、国民の信頼を維持しなければならない」
(敬称略)
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