ボーイング787と電気自動車を比較すると・・・

投稿日2013/03/05

コラム「戦略論で読み解くグリーンラッシュの焦点」第三回目の寄稿です。
B787のトラブルで考えるEVの「安全性」と「付加価値」: ポジショニングの変化でバリューチェーンの力学は変わるのか
運航再開ができないボーイング787型機
 米航空機大手ボーイングが社運をかけて開発したボーイング787型旅客機(B787型機)は、2011年11月の就航後、機材トラブルなどが続いてきた。今年に入って、ブレーキの不具合、電池からの出火、燃料漏れ、潤滑油漏れなどのトラブルが相次ぎ、全機運航が停止されている。
 特に、米ボストンのローガン国際空港における日本航空(JAL)機の電池発火事故、宇部空港を離陸した後、電池からの発煙と異臭のため緊急着陸した全日本空輸(ANA)機の事故が重点調査対象になっている。
 2月13日、運航停止につながった電池トラブルの原因が判明しないため、ボーイングは暫定的な対応策を取ると報じられた。電池パックが過熱した場合に熱や炎、有害化学物質が外に逃げ出さないよう、チタン素材を使ってリチウムイオン電池容器の強度を高めることが検討されている。また、同15日、ライバルである欧州航空機大手エアバスは、開発中の最新鋭中型機A350にリチウムイオン電池を搭載しないことを決めた。
 まるで悪者になっているリチウムイオン電池は、ノートパソコン、携帯電話、電気自動車(EV)などに広く使われている。高容量であるため、ハイテク機器に欠かせない電池であるが、活性が高い物質を材料に使用しているため、従来から、パソコン、EVなどにおいて発火事故が報告されていた。航空機にリチウムイオン電池を使うことの危険性は、B787型機の就航前から指摘されていたのである。
革新的技術であるB787型機とそのバリューチェーン
 B787型機が画期的であることには変わりない。機体に炭素繊維強化プラスチックを使って軽量化し、エンジン始動、エアコンなどを電動化したため、燃費が大幅に向上した。ガソリン自動車がハイブリッド車やEVに電動化されて、ガソリン消費を削減したことに似ている。
 燃費向上の結果、日本からは大型機でないと飛べなかった米国東海岸や欧州に、B787は中型機ながらノンストップの路線を開通できる。B787型機のおかげで従来なら不採算の路線でも飛ばせるし、欧州の厳しいCO2(二酸化炭素)削減規制に対応することができる。
 B787型機には、三菱重工業、富士重工業など多くの日本企業が部品を提供している。日本企業の部品比率は35%に達し(米国以外でトップ)、問題のリチウムイオン電池はGSユアサ製である。B787型機のような革新的な製品の開発は完成品メーカー(ボーイング)と部品メーカー(約70社が開発に参加)の共同作業になるが、近年、両者の関係に大きな変化が見られる。変化を理解するキーワードは、バリューチェーン(価値連鎖)の構造である。
 バリューチェーンとは、ある製品の研究、開発、製造、流通、販売という一連のプロセスのことを指す(図1)。部品メーカーはバリューチェーンの上流工程を、完成品メーカーは下流工程を担当する。ここでのポイントは両者の「ポジショニング」と「安全性の担保」である。
図1 バリューチェーン
Innovative Solutions of Strategy & Marketing
2種類のポジショニング:「すり合わせ型」と「モジュール型」
 完成品メーカーと部品メーカーのポジショニングは、バリューチェーンの構造によって大きく2つに分類できる。「すり合わせ型」と「モジュール型」である。
 「すり合わせ型」とは、「完成品・部品の各メーカー間で要素技術や部品の相互依存関係をチェックして、技術・部品を改良する手法」である。
 すり合わせ型は製造工程が複雑になるので、企業間で絶えずコミュニケーションを取り、軌道修正しなければならない。従来型航空機やガソリン車の製造工程は、このすり合わせ型の代表だ。
 これに対して、「モジュール型」とは、「既存の技術や部品を組み合わせて完成品を作る手法」である。機能と部品を対応させて製造工程を「ブロック化」するので、完成品・部品メーカー間で細かいすり合わせをしなくてもいい。パソコンや携帯電話などのデジタル機器やB787型機の製造工程はモジュール型の代表である。
 モジュール型は設計ブロックの寄せ集めであり、大量生産や低賃金国での生産シフトが容易になり、製品コストを下げることができる。従って、航空機や自動車ではモジュール型への移行が推進されている。
 モジュール型の代表であるパソコン業界では、完成品メーカーよりもOS(基本ソフト)や半導体チップのメーカーの力が強くなり、業界の付加価値が完成品メーカーから部品メーカーへ移った。すり合わせ型からモジュール型へシフトしていく業界では、パソコン業界と同じことが起きるという見方があるが、その通りになるのだろうか?
 ここで気をつけなければならないのは、「すり合わせ型」と「モジュール型」の区別は相対的なものであり、両者の間に厳密な境界線は存在しないことである。つまり、モジュール型の製造工程といっても、すり合わせ型の要素が完全になくなることはなく、すり合わせ型でも設計のブロック化がある程度必要である。
 そうであれば、モジュール型になって即、完成品メーカーの役割が下がるとは考えにくい。B787型機のリチウムイオン電池事故は、電池そのものの構造、他の制御部品との連結、電圧のかけ方などが複雑に絡んでいるようなので、完成品メーカー、部品メーカー間はもちろん、使用者である航空会社とのすり合わせも必要となる(図2)。
図2 すり合わせ型とモジュール型
経済産業研究所
すり合わせが残る飛行機とガソリン車の電化
 従来型飛行機とB787型機との関係に似ているのが、ガソリン車とEVの関係である。ガソリン車は数万点もの部品で作られており、トヨタ自動車、日産自動車などの完成品メーカーをトップに数層の下請け企業がぶら下がるピラミッド型構造をしている。
 ところが、EVはガソリン車よりも部品点数が少なく、製造プロセスは比較的単純なモジュール型である。従って、巨大な完成品メーカーが寡占するガソリン車の生産とは異なり、EVの生産には電池メーカーなどの部品メーカーが参入して、車を作ることができるという見方がある。
 ところが、ガソリン車とEVの製造工程を比較すると、確かにブロック化が増えているが、革命的な変化があったとは言い難い。大まかに言うと、ガソリン車のエンジンとトランスミッションの組み立て工程が、EVのバッテリー、モーター、インバーター(直流電流を交流電流に変換する装置)の組み立て工程に変わっただけである。
 ガソリン車にも大量の電子部品が使われているが、EVには、さらに多くの電子部品、電動機が使われている。このため、EVになったからと言って検査工程が大きく減るわけではない。
 EVはモジュール化されて製造工程が単純になっているだけに、設計、安全対策、すり合わせ、品質管理は逆に複雑さを増しているのである。この状態を、東京大学大学院経済学研究科の藤本隆宏教授は、「組織能力と複雑化問題の相克」と表現している。
 このように、B787型機、EVがモジュール型になったといっても、完成品メーカーが付加価値を生んでいることは変わりない。ユーザーにとって重要な乗り心地、安全性、ブランドは、部品メーカーではなく完成品メーカーしか提供できないからである。日本企業の部品提供率が高いからとB787型機を「日の丸飛行機」と呼ぶのは、あまりにも実態と異なっている。
完成品メーカーの責任となる安全性の担保
 また、飛行機や自動車に高度の安全性が求められることが、完成品メーカーの役割を特に重要にしている。飛行機や自動車は、公共の空間や道路を高速で移動し、墜落や衝突事故のリスクを常に抱えている。パソコンやデジタル家電はフリーズしても大して困らないが、飛行機やEVにバグがあると、乗客・乗員の死につながる。
 このため、製品のアーキテクチャー(設計思想)の再構成、制御システムの高度化、ハイレベルの品質管理が要求される。クルマに要求される高度の安全性は、新規事業者の参入障壁を高くする。また、安全、燃費、騒音、振動といった、電機製品などよりはるかに厳しい規制をクリアしなければ、製造できない。そのための開発チェック項目が数多くあり、資本力、経験、ノウハウが必要である。
革新的技術の方向性を決めるのは完成品メーカー
 自動車の安全性確保に長年の実績があるトヨタでさえ、いまだに安全問題で苦労している。2009年から2010年にかけて、北米や日本などにおいて、トヨタ車の大規模なリコール(回収・無償修理)問題が起きた。
 プリウス、カムリをはじめ複数の車種のリコールが北米で続出し、2009年の1年間、全世界で何と1100万台を超えるトヨタ車のリコールが起きた(ロイター通信による)。トヨタであれば大規模リコールでも何とか対処できるが、中小企業だったらひとたまりもない。
 EVの安全性には、現在疑問が投げかけられている。2011年11月、米ゼネラル・モーターズ(GM)のプラグイン・ハイブリッド車、シボレーボルトのリチウムイオン電池が、米政府機関の施設で安全試験中に、突然発火する事故が起きた。
 発火は車に衝撃が加わった直後ではなく、衝突試験の3週間後に起きたことが事態をより複雑にしている。事故の影響もあり、2011年のシボレーボルトの販売台数は計画を25%も下回った。
 製造工程がモジュール型に変わったからといって、それだけですぐに部品メーカーの力が強くなったり、完成品メーカーが提供する付加価値が低下したりするとは限らない。
 安全性への要求が高い飛行機、自動車の場合は特にそうである。B787型のように独自性が高く、高度な安全性が求められる製品の場合、リスクを負い、付加価値を提供し、利益(損失)を得るのは部品メーカーではなく、完成品メーカーのボーイングである。
Copyright © 2006-2013 Nikkei Business Publications, Inc. All Rights Reserved.


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

(Spamcheck Enabled)